PostScriptイベント後記

公開講座

公開日:2021/12/22

読書のススメ 本に求められる役割を考えながら本屋が模索する可能性について (シンギュラリティナイト第16回レポート)

New Normal創造のために、各分野で先行する専門家を講師として招き、どのように世界をアップデートしていくのかを共に考えていく講座です

開催エリア:オンライン

イベント概要

イベント名 デジタルハリウッド大学公開講座「シンギュラリティナイト」第16回
日程 2021/10/05

「本」というと、あまり、シンギュラリティとの繋がりが感じられない人もいるかもしれません。しかし古代より、知が集約されたメディアといえば書物にほかなりません。今回は「いま本に求められている役割」を考えながら、書店に変化をもたらし続けている、ジュンク堂の工藤淳也さんによる講義です。

大規模書店の三代目が取り組んできたこと

今回のゲストは、工藤淳也さん。現在は企業合併により丸善ジュンク堂による運営となっていますが、ジュンク堂書店は、工藤さんのお父様が創設、その名前は祖父である工藤淳(くどうじゅん)がもとになった書店です。現在も、丸善ジュンク堂のフラッグシップ店として、ジュンク堂書店池袋本店や、ジュンク堂書店三宮店などは読書好きな人々に愛される人気店です。

工藤さんは大学2年生だった2009年、丸善ジュンク堂のネット販売子会社である「HON」の立ち上げに参画したのを皮切りに、さまざまなプロジェクトを経験します。HON から「honto」への統合を終え、営業本部副本部長に就任。現在は、経営企画部長とシステム部部長を兼任されています。

工藤さん自身は、本屋の三代目として、多くの本に詳しい人に囲まれた環境のなかで、「自分にできることは何か」を常に考え、業務に取り組んできたといいます。そのいくつかを、以下のように紹介いただきました。

・ネット受け取りサービスの実施

書店のネット販売として自分たちの強みを模索した結果、やはりそこは「実店舗があること」に尽きるという考えに至ります。 そこで2012年、他社にさきがけ、大量の店頭在庫をすべてインターネットで開示する「ネット受け取り」を始めました。全国の書店在庫をオンラインで確認できるようになり、その豊富な点数から取り寄せや取り置きが可能になると、オンラインショップの需要は一気に伸び、毎年150%増のスピードで利用者が増加しました。

・泊まれる本屋

小売書店の新しい価値を提案したいと考えていた矢先に提案したのが、「本屋に泊まってみるツアー」です。Twitterを使ったソーシャルの反応から「ジュンク堂に住みたい」「このままずっと居たい」といった意見が本屋好きの間で多かったことから実現させました。実際に行ってみると、当選枠より千倍の応募が集まり、現在まで続く人気の定期企画となりました。

このような企画を通じて、工藤さんは丸善ジュンク堂には「店頭に大量の在庫がある」という強みを発見できたと言います。

しかし、丸善ジュンク堂の資産は、本そのもの以上に、本に詳しい書店員がいることではないかと工藤さんは考えています。

人がキーであれば、体験を売ることができると考え実現させたのが、佐賀県と書店員がコラボした、「本を読んでほしい瞬間と佐賀県の名産品をセットにして提案する」という企画です。この企画商品はすべて売り切れとなりました。

ほかにもJINSのThink Labとの共同開発で読書に集中できる環境の実証実験を行ったり、完全無人店舗を『DIME』と連携して展開したりと、次々と、本屋の価値を再定義するような試みを続けています。

出版業界の現状と書店の変化

先進的な施策を数々行っている工藤さんですが、これらは、未来に書店を残していくための取り組みにほかなりません。ここで書店の側から、出版業界という一般人にはあまり馴染みのない世界をひもといていただきました。

・出版の流れと再販制度

日本の出版には、取次という流通網があります。その理由は、出版物が独占禁止法摘要の例外事項として再販制度が運用されているため、全国統一価格で、一斉に発売し、返品が可能となるため様々な商品を小さな書店でも販売をトライできるインフラを支えるためです。一斉配本や返品の作業を、取次が一挙に受け持つだけでなく、売上代金の回収まで一手に引き受けています。しかし現在は大手2社のみとなってしまいました(※小さな取次を担う企業は多数あります)。数年前までは5社ありましたが、物流コストが大きな負担となり耐えきれず、結果、取次会社が減ってしまったのです。物流の手間や増加の要因には、出版点数の多品種少量化も関係しているとのことです。

・本の売上げと本を読む人

出版業界は1996年をピークに右肩下がりになっておりピーク時より市場規模は半分になっています。そのほとんどは雑誌で、スマートフォンの登場で可処分時間が奪われているということが理由と考えられるでしょう。

可処分時間に書籍を読む人が増えることは、書店が求められる環境づくりに繋がると考えられます。では、若者は本を読まなくなったのでしょうか? 大学生協の調査では、大学生の約半分はまったく本を読みません。その一方で、1時間以上読む方も20%程度、2時間以上読む方も10%程度と、数年前までに以前より盛り返しているという現象もあるようです。

・書店が大型化した理由

この数十年間、目に見えて書店数は減っています。書店数のピークは昭和の終わりで2万8216店舗、現在は5000店舗程度まで減少しています。

しかし、書店数が減り始めた1996年には、それ以前より書店の総売場面積は増え、2006年まで増加し続けました。これは街の書店が減った反面、書店の大型化、大規模書店が増えたことを示しています。ジュンク堂池袋店でも見られた書店の大型化が広まりました。

先ほども多品種少部数ということがありましたが、大型化の理由はロングテールにあります。

2019年の出版市場の売上内訳をみると、 トップセールスである0.1%の商品が市場全体の約1割を売り上げています。次に売れ筋といわれる0.8%の商品が約15%を占めており、一部の商品が大きな割合を占めていることがわかります。しかし、どこにでもあるヒット本の販売だけでは書店の売上増加は厳しい状態です。
そこで出たのがロングテールの考え方です。グラフでは、92.8%のロングテールの商品が、全体の42%の売上です。つまり、年に数冊しか売れない本でも、まとめて在庫できれば、書店の売上げが倍増する、大きく寄与するのです。ロングテールのためには売り場面積が必要です。書店を大型化することにより1店舗の売上げが維持できるという仕組みになってきています。

・ライフスタイル提案やコラボ

書店の大型化は書店生き残りのひとつの戦略ですが、ロングテールはインターネットの得意分野でもあります。そこで、 リアル店舗にしかできしかない魅力を活かした取り組みが求められています。その端的な例が「かっこいい本のある空間」の提案です。誠品書店(台湾)が発祥といわれており、このモデルを生かしたのが、日本の蔦屋書店となっています。

本の持つ集客力を他のものと組み合わせるということもあります。丸善桶川店は、桶川市の書店と図書館と併設されており、これによって本屋も図書館も伸び、駅前も人が増え活性化した好事例となっています。

また、トヨタ販売店の中に、ブックスモア書店を設置した例もあります。本を見に通っているうちに販売員と客のうちにコミュニケーションを生み、車の点検や下見にも利用してもらえるようになったという成功例です。

本の価値とは?

本は長い間、人間にとって、情報の蓄積と伝達に貢献し続けてきました。しかしインターネット時代になってその役割の一部はインターネットに奪われています。インターネットは無料で利用でき、世界のどこからでも簡単に情報を得る手段を提供します。それによって、本の価値は奪われたのでしょうかと工藤さんは問いかけます。

インターネットの情報は玉石混淆、情報が多すぎるなどの問題があります。 工藤さんは、「書籍にはものごとを本質的に理解することにおいて意味がある」と言います。

人間は、情報のインプットからアウトプットの間に、介在ニューロンによるプロセッシングを行います。入ってきた情報をメタ認知する必要があるのです。 情報があっても、その意味が理解できなければ、人間は、事象を理解できません。そこを助けることができるのが、体型的に知識がまとめられた書物。情報を知識に変えるのが書籍の価値ではないか、と工藤さんは考えています。

情報を知識に変えるのが、本の価値

未来が予測困難な時代において、情報は溢れています。そこでどう取捨選択し、咀嚼できるのか、これが重要です。情報が氾濫し予測が難しい時代にこそ、書籍を読むことが、私たちにとっても強みとなるのではないでしょうか。

読書のしかた「知っているような知らない本の読み方」

本を読みたい人に向けて、工藤さんが最後におすすめされたのが『探求型読書」という本です。編集工学研究所の提案するクエスト・リーディングという方法を紹介しています。

まず、本を読む前に目次を読む。目次を20分かけて読むことで本のキーワードを拾って内容のイメージを膨らませ、自分の中に仮説を立てていく。

次に実際に本を、仮説をもって20分で読み切ります。著者からの問いを借りて答えを探していく作業だからすばやく内容を咀嚼できるといいます。

読後に仮説を振り返り、似たものを探し、自分事に置き換えて考えることで内容を定着させます。

この読書法は吸収力が非常に速く、類推する力、仮説を立てて推論する力、行動の可能性に気付く力が養われるとのことです。新しい発想を生み出すための力に間違いなく貢献するだろう、と工藤さんは言います。

さあ、みなさん、本をもっと読みたくなってきましたか? 工藤さんは最後に、「困難な時代に生き抜く力を身につけ、本を愉しみたい、より多くの人に読書をしてほしい」という言葉で講演を終えられました。

工藤 淳也/Junya Kudo

丸善ジュンク堂書店 経営企画部部長。 1989年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科在学中にインターネット事業部門を子会社として株式会社ジュンク堂から分離独立させた株式会社HONを設立し、取締役を経て翌年、同社代表取締役に就任。ネットで在庫開示や取置・取寄サービス等当時OtoO(off-line to on-line)と呼ばれるサービスの展開や、本屋に泊まってみるツアーの企画等を実施。現在は丸善ジュンク堂書店の経営企画部部長とシステム部部長を兼務する。 

シンギュラリティナイト公式サイト                    https://www.dhw.ac.jp/p/singularity-n/

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