PostScriptイベント後記

公開講座

公開日:2021/01/19

これからの時代を見据える「ウェルビーイング」という価値観(シンギュラリティナイト第7回レポート)

New Normal創造のために、各分野で先行する専門家を講師として招き、どのように世界をアップデートしていくのかを共に考えていく講座です

開催エリア:オンライン

イベント概要

イベント名 デジタルハリウッド大学公開講座「シンギュラリティナイト」第7回
日程 2020/11/24

いま、「ウェルビーイング」という考え方が注目を集めています。コロナ禍で生活様式が変わり、日々不安を抱えながら過ごしている人も多いでしょう。第7回は、石川善樹さん(公益財団法人Well-being for Planet Earth代表理事)が登壇し、「ウェルビーイング(well-being)」という、人類が調和して生きるための概念についてご説明されました。

■予防医学のヒーロー、サムス准将

石川さんが予防医学を目指したきっかけに、とある人物の存在があります。その人は、戦後日本に学校給食制度をもたらしたGHQの軍医、サムス准将。史実では、彼の提言で日本国憲法25条(生存権)に次の条項が書かれたと伝わっています。

(1) すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

(2) 国は、すべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

「サムスさんはアメリカで実現できなかった理想を日本で実現されようとしました」と言う石川さん。

サムスが提案した給食制度は当初、日本政府にもアメリカ政府にも反対されましたが、日本難民救済会の浅野七之助の助けを借り東京からスタートして全国に広がり、世界的にも高い評価を受ける制度となりました。ほかにもサムスは、保健所の制度や社会保障制度の導入などを行い、結果的にGHQが統治したわずか6年間の間に、日本人の平均寿命は10年も延びました。これらのエピソードからも、サムス准将の日本人の健康に対する貢献の大きさが伺えます。

■人類の平均寿命はまだ延びるのか

そもそも人間は、どこまで長生きできるのでしょうか。データを見てみると1800年頃の世界の人間の寿命は29歳くらいでしたが、2016年までに72歳にまで延びています。

石川さんは、「寿命を延ばすという大仕事をやりとげた人類は、次になにを目指すのか」という問いを持ちました。石川さんの答えは、「ウェルビーイング」であろうと予測し、ウェルビーイング研究を開始しました。

■ウェルビーイングとは何か?

では、そもそも石川さんが研究する「ウェルビーイング」とは、何でしょうか。

第二次世界大戦後、世界平和の礎は、人々の命だと訴え、WHO(World Health Organization)を設立したスーミン・スー博士は、健康を次にように定義しています。

“健康とは、身体的・精神的・社会的にWell-beingな状態”

「健康とは、つまりWell-beingなんだ、と定義しました。このウェルビーイングは、イタリア語『ベネッセレ』を始源とする言葉で、『よく在る』『よく居る』という意味をあらわす概念。『私はここに存在していていいんだ』とか『自分にはここに居場所があるな』と思えることを、ウェルビーイングと考えていいと思います」

現在、ウェルビーイングの指標には、「客観指標(例:自国のGDPや健康寿命など)」と「主観指標(例:主観的幸福度、生活満足度)」があります。石川さんが研究するのは主観的ウェルビーイングです。

「私が主観的ウェルビーイングを志したきっかけは、日本人を対象としたとある研究です。日本の客観的ウェルビーイングは戦後30年間(1958-1987)で約5倍も伸びたのに対し、主観的ウェルビーイング(生活満足度)はまったく伸びなかった。このデータが2002年に発表されるんですが、まったく驚きました。しかも近年の日本は、主観的ウェルビーイングが悪化しているんです」

■主観的ウェルビーイングはどうつくられる

それでは、主観的ウェルビーイングを改善するには、どのような要因や社会条件が必要でしょうか。

「まず、社会的条件として『経済発展』、そして『民主化」。そして3つ目に重要なのが『社会的寛容」です。これは、人を区別・差別しないということ。性別やジェンダー、移民、年齢、能力などで人を区別・差別しない社会ということです。これらの条件が揃うと、人間は『生き方を自己決定できるようになり、生き方の選択肢が増える」ようになります。自由に生きられることが保証されて、幸福感や満足感が増す、つまり主観的ウェルビーイングが増すと考えられます』

日本には、生き方を自由に選べる選択肢が少なかったり、そのもっとも重要な社会条件である、社会的寛容度が低いため、主観的ウェルビーイングが改善しにくかったのかもしれません。

石川さんは自身を振り返ると、「勉強しないといい学校に入れなくて、いい会社に入れないよ」と親に言われて育ったそうです。

「いい学校、いい会社のルートから逸れると『レールから外れる』って言われますよね。日本人は、よくも悪くも1本のレールを引いてそこから外れてはいけないという制約観念が強いのではないかとも考えられます」

■日本人の幸福度が低いのは本当か?

また、石川さんは日本人の主観的ウェルビーイングが異様に低いことに疑問を持ちました。本当に日本人はそんなに不幸なのでしょうか? そう、石川さんは問いかけます。

「あるいは主観的ウェルビーイングの測定方法がおかしいのではないか? そういう見方はできないでしょうか」

そこで石川さんは、ウェルビーイングの調査データを発表した国連による「World Happiness Report」での、調査の根拠を調べます。

「調べていくと、世界的調査会社のギャラップ国際世論調査の実施するアンケートが使われているとわかり、私はギャラップ本社(米ネブラスカ州オマハ)を訪れ、ウェルビーイングの評価方法ができた経緯を細かく質問しました」

すると評価方法を決めたのは、行動経済学でノーベル賞のダニエル・カーネマン、ウェルビーイング研究の第一人者エド・ディーナー、そしてギャラップ社社長のジム・ハーターの3人であり、当時もっとも権威があった研究者カーネマンの考えが色濃く反映されたのだとわかったそうです。

「そのアンケートは、下記の絵のように、人生をハシゴに捉えて0から10で評価するというものです。私たち日本人の多くはハシゴを見てもピンとこない方も多いと思いますが、人生をハシゴであらわす概念は西洋では一般的だそうです。つまり、上にいくほどいい、というイメージが文化的にも定着していると考えられます」

「一方、日本人にとってもっとしっくりくる幸福は、平穏無事の“平”ではないでしょうか。元号の『平成』や『令和』も平坦や調和といった意味合いが込められていますし、私たちは文化的に、10段階から選べと言われれば、良くも悪くもない“5”を選択してしまうはずです」

■新しい主観指標をつくるために

このように「際限のない向上の頂点」を目指すのではなく平らな「調和」をよしとする価値観について石川さんが説明し、指標の調査方法変更を提言すると、何とギャラップ社は、新しい指標をこれからつくっていくことに賛同しました。

「しかし、その指標づくりを誰がやるのか。中立的で西洋ともアジア・中東とも調和が取れる日本がやればいいじゃないか、と言われ、私がイニシアティブの代表をすることになりました」

新しい主観ウェルビーイングの指標のために世界各国の研究社に声をかけて、生まれたGlobal Wellbeing Initiativeという組織。現在、2023年までの新指標の発表に向けて、世界約160か国での新指標のデータ測定を開始しています。

■自分のしあわせだけでないこれからの“公益型資本社会”へ

石川さんは現在イニシアティブの運営や資金あつめに奔走中。とはいえ、なかなか「個人の幸福」や「主観的ウェルビーイング」の重要性は理解されていないと実感しています。

「ところが、最近、嬉しいことを発見しました。それは、トヨタの豊田章男さんが、『自分以外の誰かのしあわせを願い、行動することができるトヨタパーソンを育てる』と言っているのです。これを突き詰めてみると、今後の企業は、株主と利益だけを見るのではなく、中心に将来の世代を据え、多数のステークホルダー全員がしあわせになれるような『公益資本主義』のようにシフトしないと生き残れない時代になっているということではないでしょうか。これにいち早く気づいたのがトヨタという会社なんだ、と感動しました」

「調和」や「ゆとり」を強く求めるウェルビーイング的価値観と共に育った「Z世代」以降の人々は、現在、世界人口の半分を占めます。日本でももうすぐ労働人口の半分を占めるようになるのです。そんな彼らに選ばれる企業には、すでに「サステナビリティ(持続性)」「ダイバーシティ(多様性)」「ウェルビーイング(良くあること)」の考え方は欠かせない、とも石川さんは言います。

「調和という価値観が根底にある『公益資本主義』の流れを、将来世代とともに学び、ともに未来をつくるために、私自身も、日本から世界へ、ウェルビーイングの大きなムーブメントの流れをつくっていきたいと思います」


日本人は幸福度が低い、日本では若者に自殺者が多いなどの社会的問題が長らく悪化していると言われています。人間がしあわせに生きていく上で、身体的・精神的・社会的にウェルビーイングであることは何か? サスティナビリティ、ダイバーシティの潮流の中で、改めて私たちの「ウェルビーイング」の在り方について、自分たちを問い直す時が来ているのではないでしょうか。

石川 善樹

予防医学研究者、博士(医学)。 1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。 「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。 専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念工学など。 近著は、フルライフ(NewsPicks Publishing)、考え続ける力(ちくま新書)など。 Twitter: @ishikun3 HP: https://yoshikiishikawa.com/

シンギュラリティナイト公式サイト                    https://www.dhw.ac.jp/p/singularity-n/

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