PostScriptイベント後記

シンギュラリティナイト

公開日:2020/09/07

目先のテクノロジーにとらわれず、100年後のビジョンを見据えよ (デジタルハリウッド大学公開講座シンギュラリティナイト 第1回レポート)

New Normal創造のために、各分野で先行する専門家を講師として招き、どのように世界をアップデートしていくのかを共に考えていく講座です

開催エリア:オンライン

イベント概要

イベント名 デジタルハリウッド大学公開講座「シンギュラリティナイト」第1回
日程 2020/07/07

デジタルハリウッド大学が主宰する公開講座『シンギュラリティナイト』は、全20回、2年に渡って実施されることを予定された、イベントシリーズです。毎回、時代を専攻する様々な分野の専門家をお呼びして、アフターコロナ以降の「ニューノーマル」な世界をどうアップデートしていくのか、語っていただきます。記念すべき第1回は、ITジャーナリストの林信行さんによる総合的な視点からのシンギュラリティ入門講座です。200目以上の聴衆を集めた、講座のエッセンスをお届けします。

シンギュラリティの時代を前に、私たちは何ができるか

「シンギュラリティ」は、日本語では「技術的特異点」と訳され、「AIによる人工知能の知性が人間を凌駕し、世界の全人口を超えた能力になる地点」のことを指します。それがいつ来るかはまだわかりませんが、2045年とも言われています。『シンギュラリティナイト』は、20回に渡って“シンギュラリティ”をキーワードに、様々な分野からの知見を多くの人とシェアしようとする試みです。

記念すべき第1回目に登壇されたITジャーナリストの林信行さんは、今回の『シンギュラリティナイト』の企画立案に関わった人物の一人。当初は、ごく内々での勉強会としてスタートしたようです。林さんは次のように語ります。

「文化・教育アドバイザーである下村今日子さんがFacebookで呼びかけたのがきっかけで、シンギュラリティとはどんなものか、シンギュラリティを迎えたら私たちの生活はどう変わるのか? 業界の第一線で活躍するゲストを呼んで勉強会をするシンギュラリティ・ディスカッションナイトをスタートしました。その内容は非常に価値のあるものですが、ごく内々に行われたものでした。この話をもっと多くの人に知って欲しい、もっと若い世代の方にも聞いて欲しいと考えていたところ、杉山学長を通じてデジタルハリウッド大学で連続公開講座にしよう、という企画が実現しました」

世界が大変化するシンギュラリティ技術から注目分野をピックアップ

AIのみならず、様々なデジタルテクノロジーが飛躍的発展を遂げる現在。来るべきシンギュラリティの時代を占う最新テクノロジーの数多くが林さんから紹介されました。ここではその中から、いくつかをピックアップします。

●健康や不老不死を目指すバイオテック

バイオテクノロジーには、再生医療、クローン技術、DNA解析技術、ゲノム編集、不老長寿の研究などがあります。

ここでは「再生医療」の事例として、バイオ3Dプリンターについてご紹介させていただきます。佐賀県のバイオテック企業CYFUSEは被験者の脂肪から3Dプリンターで別の部位、たとえば半月板をつくることを実現しています。腎臓や肝臓など、拒否反応が起こりやすい臓器移植では自分の細胞で臓器をつくるようになるかもしれません。

さらに、バイオテックには加齢と戦うテクノロジーもあります。Googleの共同創業者ラリー・ペイジなども出資しているCalicoという会社があり、ここでは老化研究の基礎となる研究所にし、人間の寿命を延ばす方法を研究しようというのです。

https://www.calicolabs.com/

●身体を拡張する技術

バイオテクノロジーに関連し、身体を拡張するツールも注目されています。目の見えない方のため身の回りにあるものを音で説明できるGoogle Lookout、音声道案アプリなどでは人間の視聴覚をサポートします。

さらに、自分の頭に電極を埋め込んで、めがねと電極でオブジェクトが見えるようにしたり、色を音に置き換えるなど、サイボーグのような試みをする人たちも出てきているそうです。

ファッション・コスメ

数年前アプリで採寸ができるZOZOスーツが世界で注目されましたが、いまは専用のスーツいりません。Bodygramのようなアプリでは服を着たまま2枚の写真を撮るだけで体型測定が完了します。このような機械学習を使ったファッションテクノロジーは、サイズを測ることがゴールではないといいます。

「将来的には、採寸したデータを送ると縫製工場でロボットがぴったりの服をつくる時代になるでしょう。アディダスもすでにニットの自動縫製機をつくったりしています。ファストファッションはサスティナビリティの低いビジネス、ロボットによってもっとグリーンなファッションが可能になるでしょう」

コスメ分野にもAIは浸透しています。肌にぴったりな基礎化粧品を届けるサブスクリプションや、その日のスマホデータから肌に合わせたブレンドするIoT基礎化粧品、Opte precision skin careのように気になる肌の部分のみ隠せるファンデーション版の3Dプリンターが登場しています。

「このような技術はCESで新発表されることが多いです。最近このエレクトロニクスショーでは、スリープテック、リテールテック、ベビーテック……などなど、様々なテックが定義され、AIとテクノロジーがライフスタイルの分野まで変えようとしていることがわかります」

テクノロジーは変わるが、ビジョンは長期に変わらない

2020年、最注目の技術が林さんの口から語られましたが、これだけでは社会を大きく変えるような革命(イノベーション)は起こらない、大事なのは次々と刷新されるテクノロジーに振り回されるのではなく、その先にある「ビジョン」を見極めることであると林さんは指摘します。

「今世紀にまずあった、もっとも大きなデジタル革命は“iPhone”です。iPhoneで人々の行動様式は変わりました。ローマ法王の就任式を写した写真が象徴的です」

「iPhoneが登場する以前は、写真を撮ろうという人はほんの少ししか見られません。しかし、iPhone以降では、多くの人が法王を撮ろうとスマホを構えています。これだけ熱烈に世界で受け入れられたiPhoneですが、じつは発売当初、iPhoneは日本では売れないだろうと言われました。

その理由は「iモード」です。当時の日本の携帯電話は、いまのスマートフォンの技術性能に比べればはるかにCPUの性能が低く、通信速度も遅いものでした。しかしiモードが利用できる「iモード端末」では、メールやブラウズ、アプリ利用、さらには「写メール」など、現在のスマホでできる多くのことが可能で、iPhoneの参入の余地はないと考えられたのです。でも実際はみなさんご存じの通り、iモード端末はiPhoneなどのスマートフォンにリプレイスされました。iモードが凌駕されてしまった理由は、初期の仕様やビジネスモデルを自らイノベートし直すことなく、守り続けてしまった点にあります」

当時を振り返ると、林さんは、イノベーションをつくり出す上では、次の3つのポイントをよく考えないといけないと指摘します。

・コンスタント(定数)…変わらないもの

・バリアブル(変数)…変わる要素

・ベクトル(方向)…世の中が進む方向

ではなぜこの3つが重要なのでしょうか。

実は、年々技術が更新されていると思われているデジタルテクノロジーは、ずっと同じことを繰り返しているのです。

ビジョンのレイヤーは100年単位で変わりませんが、アプリケーション(実用)のレベルは10年単位で変わり、テクノロジーは年単位で置き換わっていきます」

「わかりやすい例では、以前Twitterで知り合った者同士がカップルになり結婚するという事象が話題になりましたが、実は20年前にパソコン通信でも同じことが起こって話題になっています。さらに遡るとヴィクトリア朝時代(1837〜1901年)に、ドーバー海峡越しにモールス信号でやりとりしていたカップルもいるのです。

デバイスの技術はどんどん変わりますが、私たち人間の思うことやニーズは、長い間変わっていません。テクノロジーは刷新されていきますが、私たちが向くべき方向は“ビジョン”によって決まっていきます」

アーティストの役割とビジョン

講義の最後に、なぜ林さんがテクノロジージャーナリストとして、アートの分野を重んじているか、というお話をされました。

「アーティストは我々の一番身近にいるビジョンの提供者だと思っています。バイオテクノロジーを例に挙げてみましょう。長谷川 愛さんというアーティストは、『(不)可能な子供』という写真作品を発表しています。楽しそうなテーブルを囲む家族写真ですが、近づいてみると、お母さんが2人いる家庭であるとことがわかります。さらに解説をみると作品に写っている子供たちは、実在する同性カップルの一部の遺伝情報を使い生成した画像だそうです。今後、実際に遺伝子を組み合わせて、同性愛カップルが本当の子供を持つことはできるようになりえます。その日に向け、私たちに現実を考えさせてくれる。問いを投げかけてくれる。そういう役割がアーティストにはあると思います」


文化庁メディア芸術祭 歴代受賞作品のページより 

ビジョンをつくることが大切、持つことが大切、だけれど、どうやったら我々はビジョンを持つことができるでしょうか?

「たとえば、魔法が使えたらどうするだろうか?と考えみたらいかがでしょうか。もし魔法が使えたら、この世界をどう変えたいか、そして、21世紀、22世紀、世界に自分はなにを残したいと思うのか。そんなふうに考えるところから、ビジョンを発見することができるのではないでしょうか」

みなさんも、このように考えることで、イノベーションを起こすようなビジョンの発見をできるかもしれません。世界を変える仕事をしてみたい、これから、自分はどんな仕事をしたいだろうか?どんな活躍をしたいだろうかと考えたとき、非常にインスパイアされるお話だったと思います。

シンギュラリティナイトは、第一回目の林信行さんをはじめ、今後も第一線で活躍する様々な専門家が登場し、ニューノーマル以降の新しい世界をアップデートしていくヒントを全20回にわたりお届けしていきます。デジタルハリウッド交友会も、引き続きその講演内容をレポートしていきますので、今後ともぜひご注目ください!

シンギュラリティナイト公式サイト

https://www.dhw.ac.jp/p/singularity-n/

(プロフィール)

林信行

1967年東京都生まれ。1979年からアップルなどのコンピューター業界の動向に関心を持ち、米国ヒューストン大学在学中の1990年からフリージャーナリストとして取材・執筆活動を始める。1991年以降、アップルが開催するイベントのほとんどに参加し、1993年に当時のCEOジョン・スカリー氏にインタビューをするなど、多数のアップルの役員や関係者を取材。スティーブ・ジョブズのアップル復帰後初めてのMac World Expo(1997年1月)や、Worldwide Developers Conference 2011でのジョブズ最後の講演も取材した。著書に『スティーブ・ジョブズ~偉大なるクリエイティブ・ディレクターの軌跡』(アスキー/2008年)、『スティーブ・ジョブズは何を遺したのか』(日経BP社/2011年)など。

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