PostScriptイベント後記

公開講座

公開日:2021/04/19

シンギュラリティの時代を生き抜く「デザイン経営」発想(シンギュラリティナイト第9回レポート)

New Normal創造のために、各分野で先行する専門家を講師として招き、どのように世界をアップデートしていくのかを共に考えていく講座です

開催エリア:オンライン

イベント概要

イベント名 デジタルハリウッド大学公開講座「シンギュラリティナイト」第9回

今回ゲストに登壇された林千晶さんは、ウェブ制作会社のロフトワークを2000年に創立されました。同社は日本でのウェブデザイン会社の草分け的存在。2012〜2019年はMITメディアラボの所長補佐、さらに2015年からは林業に関わるなど多彩なビジネスを展開されています。

林さんは今回、世の中に大きな変化がおきたときにデザイン経営が企業にどう役立つか、デザイン会社を経営する立場から講義されました。

「デザイン経営宣言」を出すことになった背景

林さんは、経済産業省・特許庁が発表した「デザイン経営宣言(2018)」のプロジェクトでコアメンバーをつとめています。デザイン経営宣言の要点は、「デザインは企業の競争力を高める」というメッセージを発信し、イノベーションを実現するための経営手法を推進しようとするものです。この「デザイン宣言」が作られることになった背景には何があるのでしょうか。

2018年当時、日本で各種の委員会委員に任命されていた林さんは、様々な指標をみるにつけ、世界での日本の位置づけがすべて下降し続けていることに気付いていました。日本企業の競争力は、世界では相対的に落ち続けていたのです。

一方、2010年頃から急速に競争力を伸ばしてきた中国は、2020年代、AIの時代にさらに頭角をあらわす国であろうと林さんは指摘します。

「中国には、アフターデジタルやOMOと言われるように、デジタルがリアルを覆い込み、入り口から出口までデジタルがカバーする市場社会が到来しています。例えば飲食業界では、基本的に注文はすべてスマホで行い、あとはお客さんは商品を受け取るだけというシステムの採用が増えています。自動車を買うにもインターネットと接続する機能がいかに搭載されているかが重要視されている、そんな世界です」

このような中国や諸外国の伸びに対し、日本はどうやってものづくりをすれば世界と戦えるのでしょうか。さらには、世の中がシンギュラリティに達した際に、日本の企業はどう対応すべきなのでしょうか。

「(シンギュラリティのような大きな変化が起きた時に)『デザイン』に何ができるのかを提言するため、『デザイン経営宣言』を作らせていただきました。私は、デザインがこれからの経営に新しい可能性や切り口を与え、これまでに作れなかったものを企業が作るための助けになると思っています。『デザイン』はデザイナーだけのものではなく、何をすべきか考えなければいけない人たちの道具になってくれるのです

「デザイン経営宣言」で何を伝えたかったのか、それは以下の2つに絞られると林さんは言います。

1)経営者に、デザインの話を定期的に聞いてください

2)デザインを、最上流から動かしてください

これまで、デザインは企業のブランド構築に寄与すると考えられていましたが、イノベーションにも寄与するのだということ。それが「デザイン経営」の大きなポイントです。

技術が進化すると、人間の限界を超えていきます。シンギュラリティもそうですが、デジカメが解像度で選ばれなくなってしまったのと同じように、技術が人間の感覚を超えるとスペックによる判断ができなくなります。だからこそ、改めてデザインが問われる時代になっているのです。

企業がビジネスと経営だけからなるのは20世紀まで。21世紀は、「そもそも、どういう『デザイン』であるべきなのかが問われ、あとから『技術』を用意する時代」。もはや、「ビジネス」と「スペック」で、他社と差別化できる時代ではありません。

デザイン経営によって成功した企業の共通点

すべてが下降気味と言いましたが、日本には統計上でつねに世界のトップをいく分野があります。まずひとつが「Atlas of Economy Complexity」における、GDPを上げる要因といわれる「多様性」です。

「日本は、コーヒーやお茶といった農産物から精密機器まで様々なものを作ることができる。国民の多様性という意味で、世界有数の国なのです」

次に日本が優れているのは、「長期経営可能な会社の割合」。世界において、創業100年を超える企業がもっとも多い国は日本です。200年企業ではさらに日本の割合が増え、全体の半分を超えます。長く生き残ることに関し、日本の企業は優れているということです。

そして、日本で100年や200年といった長期経営をしている企業の大半は「中小企業」です。そもそも、日本の企業の95%程度は中小企業なので当たり前かもしれませんが、見習うべきは、こうした企業が何をしてきたか、だと林さんは言います。次に紹介していく日本の中小企業は、デザイン宣言が出るずっと以前、10年以上も前からすでに「デザイン経営」によって成長と変革を遂げた企業です。林さんたちはこれらの企業を調査しながら、「競争力のある企業のデザイン経営がもつ共通点」を導き出しました。

共通点1:自社のビジョンを更新している

非常にファンの多いアウトドア製品メーカーの株式会社スノーピークですが、同社はスローガンに「人生に、野遊びを。」を掲げています。先代である二代目経営者の山井太さんがデザイン経営を開始され、いまは三代目の山井梨沙さんに経営がつがれています。

スノーピークが運営するキャンプフィールドの1つ「Headquarters」は、店舗・工場・オフィスが一帯となった施設です。ここは、同社のDNA、スノーピークが「良し」とする生き方が表れた場所だといいます。例えば、スノーピークのオフィス内では打ち合わせスペースにキャンプ用の椅子が使われています。キャンピングツールでオフィスを作ってもいいじゃないか、その方がわくわくするでしょ、というコンセプトです。こういった提案は自社内にとどまらず、「キャンピングオフィス」というサービス名で既に100社以上の企業にキャンプ用品や空間を提供しています。「働き方改革」が叫ばれる時代に一石を投じるアイデアとして、2019年にはグッドデザインを受賞しました。

「このように自社のビジョンを見つめ直し、更新し続けているのがデザイン経営企業の特徴の第一番目です」と林さん。ビジョンを問い直すことが、ビジネスの可能性を広げている好例です。

共通点2:経営にデザイナーを巻き込んでいる

印刷から加工まで手がける福永紙工株式会社では、工場にある設備を活かして新しいことができないかと考え、デザイナーにまず意見を聞く、というところから新商品の開発をスタートしました。そこから生まれた「星空の封筒」は、封筒の中をのぞくと星空を見上げることができるという商品。「ペーパーカード」デザインコンペ2015優秀賞を受賞しています。

福永紙工の取り組みは、自社の技術ありきで商品を開発するのではなく、そもそもデザイナーと何を作るべきなのか?という出発点から、デザイナーと一緒に企画を検討していくという「デザイン経営」的な視点がうまく取り入れられている好例と言えます。

共通点3:組織の変革をデザインしている

デザインによって会社の組織そのものが変わってくるという例の1つが、ニットメーカーの米富繊維株式会社です。1952年に創業した山形県のニットメーカーですが、三代目経営者の大江 健さんは「COOHEM(交編)」 というファッションブランドを立ち上げ、さらにはファッションショーに出ることを社内で提案しました。ファッションショー進出は社員全員の反対にあいますが、大江さんは押し切ってプロジェクトを進めます。その背景には、OEMに頼っていた自社への注文が海外に出ていってしまうという危機感がありました。ブランド「COOHEM」によって自分たちにはニットの高度な技術があることを示すこともでき、また可能性のショーケースとして機能させることができます。

自社から発信したことで、企画・開発の相談から発注がくるようになったと大江さんは言います。結果、会社は活性化し、米富繊維は工場の中が隅々まできれいに整えられ、どんな来訪者がきても歓迎される開かれた企業となりました。さらに人材採用の面でも、今では全国から応募が生まれ、社員ひとりひとりが会社のビジョンを体現した人材に育っています。

共通点4:共創のコミュニティをつくっている

「社長の考え方だけでなく、社員の姿勢が変わるとそれらをとりかこむコミュニティも変わってきます。そこで次に取り上げるのは、共創コミュニティの実現です」

例として挙げられた株式会社ジャクエツは、幼児保育の遊具や知育具を作っている企業。車内にデザイナーラボを持っており、世界有数のデザイナーや建築家・研究者をメンバーに加え、研究開発を行っています。一社ではできないことをこのラボにおける「共創」によって可能にしたうえ、自社発信で社会に新しい価値を提案しています。

なぜ研究やコラボレーションがジャクエツには大切だったのか。それは、子供の安全にかかわる製品だからです。ジャクエツでは、遊具の安全クオリティも自社で考え直し、日本で決められた安全基準を超えたものを提案しています。ここから生まれた独自の安全性と信頼性が、圧倒的に日本の購入者から支持を受けることになり、さらには最近では中国からの発注も相次いでいるということだそうです。

共通点5:文化を生み出している

和菓子の製造・販売を手がけるたねやグループは、伝統的な和菓子だけでなく洋菓子も販売しており、バームクーヘン「クラブ・ハリエ」でも有名な会社です。

たねやでは、「ラコリーナ近江八幡」というユニークな「場」を運営しています。ここは、企業としてのたねやが信じるものすべてを詰め込んだ場所で、11万平米の広大な土地に、自然と融合した理想の環境を保存しながら田畑を耕し、フードコートやショップ、ラボ、本社なども構えています。同社のビジョンに共鳴するファンが集うようになり、2019年の段階で、年間312万人を超える来訪者があったということです。

さらに、日本国内にとどまらず、世界に通用するメッセージを送っている、そういう文化を生み出す力強い姿勢と取り組みが見て取れます。

数字で見る「デザイン経営」

デザイン経営は、企業にどのような変化を与えるか、林さんは具体的な数字で説明されました。以下のチャートからは、売上構成比にODMや自社開発といった外部都合に影響されない仕事が増える、ファンやお得意様が増える、就職希望者でも女性が増えるなどといったことが見てわかります。

また、デザイン経営のプロセスは、従来の経営プロセスの真逆だと林さんは説明します。

「従来のものづくりでは、製品のはじまりは市場のマーケティングにありました。ところがデザイン経営は、むしろ、その逆です。市場全体は見ず、一人の人間を見て隠れた痛みや不満を見出し、「こういうサービスを生み出したい」という想いから開発がスタートします。その人間が抱える問題を解決するための体験を、経営者の対となってデザイナーが具現化するのです」

人を見るためには、デザインリサーチが必要となります。デザインリサーチをする上での有益な参考書として、林さんは『発想法』(川喜多二郎)を紹介します。本書で提唱されている「KJ法」は、著者の文化人類学者・川喜多二郎氏が考案したデータをまとめるための手法です。KJ法において、川喜田は書斎にこもって思考の中で模索する「書斎科学」でなく、書斎や実験室から野外に出て実践的な研究をする「野外科学」を推奨してます。デザイン経営における問題を発見するプロセスも、まさに「野外科学」なのです。

これからは、KJ法のような手法を現代的にリバイスして、デザイナーが初期段階から関わり貢献するデザインリサーチを取り入れることが非常に大切で、21世紀は、経営力と技術だけでは戦えない、企業は生き残れないと林さんは指摘します。

最後に林さんは「センスメイキング理論」という考え方を紹介されました。

「いままでの経営学は実証主義だったが、いまは相対主義になっていると言います。そこには経営側の主体的に行動する企業でないと、もう顧客がついてこない。というふうに思っています」

様々な示唆に富んだ講演でしたが、講義の本体となる「デザイン経営宣言」や「デザインリサーチ」などの資料は、すべてウェブで無料公開されています。みなさんもより深くデザイン経営について学びたい場合は、ぜひ参照されてみてください。

林 千晶

株式会社ロフトワーク 共同創業者 代表取締役。 早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒。花王を経て、2000年にロフトワークを起業。 Webデザイン、ビジネスデザイン、コミュニティデザイン、空間デザインなど、手がけるプロジェクトは年間200件を超える。グローバルに展開するデジタルものづくりカフェ「FabCafe」、素材の新たな可能性を探求する「MTRL」、オンライン公募・審査でクリエイターとの共創を促進する「AWRD」などのコミュニティやプラットフォームを運営。 グッドデザイン賞審査委員、経済産業省 産業構造審議会製造産業分科会委員「産業競争力とデザインを考える研究会」、森林再生とものづくりを通じて地域産業創出を目指す「株式会社飛騨の森でクマは踊る」取締役会長も務める。 「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2017」(日経WOMAN)を受賞。

シンギュラリティナイト公式サイト                    https://www.dhw.ac.jp/p/singularity-n/

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