PostScriptイベント後記

シンギュラリティナイト

公開日:2021/07/20

メディアビジネスの未来(シンギュラリティナイト第12回レポート)

New Normal創造のために、各分野で先行する専門家を講師として招き、どのように世界をアップデートしていくのかを共に考えていく講座です

開催エリア:オンライン

イベント概要

イベント名 デジタルハリウッド大学公開講座「シンギュラリティナイト」第12回
日程 2021/06/01

今回のスピーカーは、インフォバーンの今田素子さん。デジタルパブリッシャーの株式会社メディアジーン代表取締役 CEOと、デジタルエージェンシーの株式会社インフォバーングループ本社創立者兼代表取締役CEOを兼任しています。今田さんには、私たちをとりまくメディア環境とメディアの課題についてお話しいただきました。

4マスからインターネットメディアへ

日本でインターネットが本格的に民間ユーザー向けに普及し始めたのは、Windows 95というOSでインターネットに接続しやすいパソコンが入手できるようになった1995年のことですが、今田さんは、それに先立つ1994年、『WIRED日本語版』という雑誌を創刊しています。これはインターネットに「wired(接続されている)」という言葉をもじった誌名で、来るインターネットカルチャーや最新のテクノロジーを扱う雑誌でした。(現在日本ではオンライン版のみ公開中)。

「当時、新聞記者の方には『インターネットに関する雑誌を創刊されたそうですが、日本ではインターネットは普及しないと思いますよ』などと言われたものです」

と振り返る今田さん。現在は、インフォバーンを「ライフハッカー」「ギズモード」「ビジネスインサイダー」など、10のインターネットメディアを運営する会社へと成長させました。

3年先のことは誰も分からないと言われるインターネット・テクノロジーの業界ですが、メディア運営、会社経営を通じて、「社会そのものをよくしていく」ことを目指していると今田さんは言います。現在、インフォバーンでは、メディアというキーワードを主軸に、インクルーシブな社会を拓くコミュニティ「MashingUp」、ミレニアル世代をエンパワーする「Beyond Millennials」、メディアをエンパワーするための「Digiday」と、各種の業界や人をエンパワーするイベント、コミュニティづくりに取り組まれています。

メディアの信頼性はたったの32%

前述のように、インターネットが登場する前までは、「メディア」といえばテレビ・ラジオ・新聞・雑誌の4媒体(=4マス)を指しました。しかし、年々インターネットが媒体として影響力や経済力を成長させて、広告費総額においてはインターネットがテレビを超えるまでになりました。

インターネットのメディアは個人が発信できるメディアです。ネットメディアやブログ、SNSのように一人でも発信ができる現在、メディア環境は様変わりしました。そこで起こっているのは、いいことばかりではありません。

現在のメディアの一番の問題は、読者に信頼されていないということだと今田さんは指摘します。

その一端は、2016年におきたヘルスケアサイト「WELQ」がGoogle上位に表示されるにもかかわらず医療的根拠のない信頼性にかける情報を大量に知識のないライターに執筆させており、社会的にも大きな批判を呼びサイトが閉鎖された事件に代表されます。このような、インターネットで配信しているメディア側のポリシー、ジャーナリズム思想の欠如したPV(広告費目的)の運営のしかたという問題があります。

こういった記事が多数読まれれば、アドテクを経由した広告収入で保っているメディアの場合、1記事の重みがコタツ記事も、時間と経験をつぎ込んだ価値ある調査報道も、同じか、場合によってはコタツ記事の方が収入では上となってしまうといった厳しい現状があります。報道の信頼性、メディアの公平性の担保のためには、より安定した収入源を確保できるビジネスモデルの確立が日本でも待たれます。

「日本の旧メディアでデジタル収益化に成功しているといえるのは唯一、日経新聞社。他はインターネットにコンテンツを公開してもそれに見合う収益が得られていません。その足下で紙媒体のメディア購買率は下がり続けており、ビジネスの転換は必至です。

アメリカに目を向ければ、サブスクリプションに成功したニューヨーク・タイムズや、買収後にデジタル開発に力をいれてシステム販売まで可能にしたワシントンポストなど、DXを成功させビジネスを拡大した例もあります」

一方で、インターネット発のメディアは収益でも成長規模でも老舗をしのぎます。インフォバーンが日本版を運営する「ビジネス・インサイダー」は世界で2.8億人の登録者を抱え、アメリカでは第三の規模のメディアとなっています。しかし、メディアの信頼性が担保できなければ、読者が離れることになり対応は急務だと、今田さんはあらためて指摘します。

フェイクやブランド毀損に対抗する

2015年は、世界に非常に多くのフェイクニュースが溢れた年でした。それは今も進化し続いています。特定の意思を持った陰謀論者、政治支援者、ヘイト…さまざまな観点での偏った情報やフェイクニュースが回覧されやすい技術がインターネット上にはできあがっています。SNSや検索エンジンは、広告収益のために「個人が好む情報のみ取得できる」仕組みに最適化されてしまうため、読者が真実を読んでいるつもりで、特定の思想や記事に囲い込まれる状況があります。

「アメリカでは、フェイクニュースをフェイクであると知らずにシェアしたことがある人の率は55%と、半数を超えています。しかし、これは2016年のリサーチで、いまはもっと増えているといわれます。さらにいえば、フェイクと気付いただけ、その人はまだマシだといえるかもしれません」

フェイクニュースは進化し、ディープフェイクと呼ばれる人間にはもはや判別できない偽動画・偽画像の技術が登場し、いくらでも人を欺かせます。それに対抗するのは解析ソフトでの検出や、ブロックチェーンで記事の改変防止など、やはり技術がキーになりますが、根本的な解決策は見えていません。 メディア収入の多くを占める広告も、このようなフェイクニュースや、広告詐欺などによってブランド毀損にさらされています。インターネット上に出る広告は、閲覧履歴で自動最適化されるので、メディア配信者もクライアントもコントロールできていません。広告配信テクノロジー(アドテク)側にも責任はありますが、アドテク自体も悪意ある広告や品位のない広告を確実に止める方法がありません。その結果、多くの人が広告を避けており、広告がおすすめしたい人に適切に届かないという問題も深刻です。

「また、インターネット広告売上は毎年成長していますが、そのほとんどはプラットフォーマーに流れ、実際に優良なコンテンツを作りメディアを運営しているパブリッシャーには収益として届いていません。実際にマスメディアにおけるデジタルの広告収入はインターネット広告の7.6%と低いというのが現状です。メディアや業界は、広告の信頼性のためにもブランド毀損と戦っていく必要があると同時に、優良なコンテンツの作り手に還元させる仕組みを作る必要があるのです」

と、今田さん。日本でも、2019年に「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言」を出したり、広告関連協会が合同で広告のブランドセーフティを確約するための組織「JICDAQ」を立ち上げたりと、対抗するための取り組みも始まっているそうです。

読者がメディアを信じられるように

「メディアの価値は、信頼性に尽きる」、と再び今田さんはおっしゃいます。

以前は、広告収入の際メディアで指標となったのはPVでした。雑誌でいう発行部数のイメージです。しかし雑誌には「読者像」があるように、インターネットメディアでも「どんな読者を持っているか、どんな商品を買いたい、どんな趣向の読者を抱えているか」がより重要になっており、そのためにはメディアと読者がコミュニケーションすること、エンゲージメントがいかに高いメディアかが問われるようになってきていると指摘します。

「エンゲージメントはどれだけそのメディア、ひいては企業を読者が信頼しているかという価値を示しています。ですから、エンゲージメントを高めるとは、信頼関係のあるメディアづくりに注力することなのです」

とはいえ、配信プラットフォームやアグリゲーターのように、記事を作らずにコンテンツ会社の記事を広く配信することで読者を獲得し、広告費の一部から半分程度までを獲得してしまう不平等ともいえる分配が常態化しています。

ジャーナリズムを守り、コンテンツをつくり、信頼できるメディアを形成していくためには、メディアだけでなく、メディアを取り巻く周辺も変わる必要がある、そういった環境改善のためにも、メディアビジネス運営ついては、今田さんは、さまざまな場所で講演をし続けている、とおっしゃいました。

(おわりに)

インターネットによって、メディアという業種に限らず、企業とユーザーが直接コミュニケーションすることが当たり前になった今、メディアを介して発信していたメッセージを、企業が直接いえるようになりました。顧客と繋がれる今、企業が相手に何を届けるか、そのコンテンツが問われています。そしてミレニアル世代はSDGsコンシャスになり、その企業が、社会に役立っているかどうか、正しいことをしているかどうかをよく見ています。

信頼できない広告がフィルターで締め出されるように、信頼できる企業でなければ、相手はコミュニケーションをシャットダウンしてしまう、つまり信頼できなければ企業のメッセージは消費者に届かない時代になっているのです。

今田さんは、「これからトラスト、透明性、直接繋がるコミュニケーションがますます重要になる」として、講義を終えました。メディアの受信者である読者にとっても、発信者にとっても、さまざまな課題が示された講義でした。

今田素子

株式会社インフォバーングループ本社 代表取締役CEO・ファウンダー。
同志社大学経済学部卒業後、イギリスのSotheby’s にて History of Art course 修了。
同朋社出版に入社後、1994年に『WIRED』日本語版を創刊。
その後、1998年にデジタルエージェンシーの株式会社インフォバーン、2008年にはオンラインメディア企業の株式会社メディアジーンをそれぞれ設立する。
2015年株式会社インフォバーングループ本社代表取締役CEOに就任。
2018年1月−12月に電通総研フェロー就任。
ミレニアル世代に向けたビジネスニュースメディア「Business Insider Japan」テクノロジーニュースメディア「GIZMODO JAPAN」および「Lifehacker日本版」多様な視点から社会課題を捉え、新しい未来を作る人のためのメディア&コミュニティ「MASHING UP」など10メディアを運営。
2013年には第1回Webグランプリ Web人部門受賞。

シンギュラリティナイト公式サイト                    https://www.dhw.ac.jp/p/singularity-n/

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