イベント概要
イベント名 | デジタルハリウッド大学公開講座「シンギュラリティナイト」第14回 |
日程 | 2021/07/13 |
今回のスピーカーは、システム・バイオロジー研究機構会長、株式会社ソニーAIのCEO、また人工知能研究開発ネットワーク会長など様々な方面で研究テーマをもつ科学者の北野宏明さんです。 今回は、シンギュラリティにおいて中核となるAIによって、科学的な研究を推し進める「ノーベル・チューリング・チャレンジ」についてお話しいただきました。
科学的発見をするためのエンジンを作る
ノーベル・チューリング・チャレンジとは、「2050年までに、ノーベル医学生理学賞を受賞できるような発見をAIにさせる」ことを目標に掲げた、北野さんの提唱するグランド・チャレンジです。
北野さんらが提唱し、すでに大きな進化を遂げているロボットの競技「ロボカップ」は、「2050年までにFIFA ワールドカップチャンピオンの選手に勝つ」という目標が掲げられており、グランド・チャレンジはこれにならったものとなっています。
「医学生理学賞に限定したのは、私自身のバックグラウンドが生命科学の分野にあったからという理由で、本来は物理でも科学でもどんな研究でもいい、あるいはノーベル賞を超えるような何か大きな発見でもいい、と捉えています」
と説明する北野さん。実はノーベル賞はノーベルの遺言で人間にしか与えられないと決められています。つまり、機械がノーベル賞を受賞するのは現実的には無理であると種明かしをしつつも、例えばビットコインの発明者といわれているSATOSHI NAKAMOTOのように、
「もう少し可能性を拡張して考えてみると、『ノーベル賞委員会が、そのペルソナが人間か人工知能かさえ分からない領域』になるということもあるのではないか、と考えたのです」
と言います。ノーベル賞を取るのであれば「ノーベルチャレンジ」ですが、それが人間か人工知能か分からないようになるということでは、「チューリングテスト」であるということから、ノーベル・チューリング・チャレンジと名付けたそうです。
このチャレンジには、2つのゴールがあります。1つは、AIが自律的に非常に大きな発見を行うこと。2つ目は、AIがある特定の分野で論文を発表したり、学会で研究の価値の意義や実用を説明できるところまで到達することです。
2つ目のゴール目指してAIを研究することで、「我々人間がどのように価値決定を行いコミュニケーションをしているか」が理解できるのではないかと北野さんは考えています。
なぜAIにノーベル賞を目指させるのか
ではそもそも、なぜAIに研究をさせようとしたのでしょうか? それは、科学研究においては、人間には苦手なエリアや、時間がかかりすぎるという問題があるからです。
90年代に、今井眞一郎さんと老化について研究したとき、いくつかのメカニズムが考えられました。北野さんはそれらを解明するために、コンピュータプログラムを使って約50万種類のシミュレーションを行ったそうです。
その後、今井さんは研究成果を『Nature』などに発表。現在この研究成果をまとめた本が出版されています。
生命科学の研究では、現象を研究する対象のメカニズムにどんな分子が関わっているかを解明するというパターンが非常に多いと北野さんは説明します。
「この老化・長寿研究では、種を超えて存在するSir2という老化を制御するプロテインが、ヘテロクロマチンの構造変化に関わっているに違いないということを調査しました。現在では、これがサーチュイン(Sirtuins)ファミリーの1つであると分かっています。しかしこの研究が始まったのは1994年で、クリニカルトライアルに至ったのは2016年です」
つまり、生命科学の研究で一定の成果が出るまでには、20年ほどの時間がかかってしまうのです。しかも研究全体を通して、コンピュータでしらみつぶしに調べられたのは、分子モデリングのシミュレーションだけ。それ以外の仮説は人間が推理しており、可能性の全てを検討できたわけでもありません。
「そういう意味では、人間の勘や手が頼りの部分の多い科学における発見という作業は、『産業革命以前』ではないでしょうか」
と北野さんは指摘します。仮説を作ったり検証したり、またどんな実験を行うのが適切か考えるといった、いまは人間が考えているようなプロセスを全て自動化することはできないかと考えたのです。そうすれば、科学の発見でいわれる「セレンディピティ」や「幸運な間違い」、「科学的な直感」に頼ることなく、確実に発見できたり、あるいは、偶然の発見といわれるそれらの「意味」を知ることができたりするかもしれません。また、これまでは不可能だった膨大な情報を材料に詳細な研究を行うということも可能になります。
北野さんの専門とする生命科学やシステムサイエンスも、人間が苦手な分野の研究だといいます。研究を困難にするいくつもの問題があるからです。
一例を上げると、まず、情報量増加の問題です。例えば医学生理学の分野では、10年ほど前でも1年間に1500万本ほどの論文が出ているとされていました。現在は、2000万本程度になっている可能性があります。このような膨大な量の論文になっては、自分のエリアだけでもとても読み切れません。重要なものだけを読もうとしても、どれが重要かは読んでみなければ分かりません。関連論文を十分に確認していないまま、研究を続けなければならない状態になってしまいます。
例えば前述の老化・長寿研究の過程で作成するネットワーク図などは、手作業で行うと大きな労力を要して時間もかかるうえ人的ミスも発生しやすいので、精密に行うことが困難といった具合です。
また「マイノリティーリポート問題」というものがあります。これは、多くの意見が同じで、ごく一部で違う報告がされているときに、それをどう捉えるかという問題です。まずそのマイノリティに気付けるかという問題があり、その情報を重要なものと判断するべきかという問題があり、いずれも人間が苦手とする領域です。
そのほかにも、認知的なバイアスの問題もあります。人間の認知の限界を打破するには、やはりAIの力を使うしかないと北野さんは強調します。
「これは私が初めて考えたことではありません。過去にも科学者がAIを研究に使っていますし、実験において自動的に仮説を立て証明するための実験を設計・実行するAIもできています。」
AIが人間にとって不可能なスピードや緻密さで研究を始める場合、「科学的発見」についても再定義されるべきだと、北野さんは指摘します。それは、「Massive search and verification of hypotheses space(巨大な探索と検証のスペース)」に集約されると言います。
それはつまり、「科学的な発見が、自動的かつ大規模に行われていく。朝起きる度に新しい発見が起こっているような状態を作る」ということです。
「あえて単純化しますと、山中先生が行なったIPS細胞の発見は『探索と最適化』の結果でしたし、白川先生の伝導性ポリマーの発見については『アクシデントによる発見』と『探索と最適化』が行われたからでした。ですからおそらく、科学的発見をロボットに行わせるための近道は、いまのところ『探索と最適化』を高速に繰り返すことと言えるでしょう」
そのためには、かなり大規模なシステムを作らないとならないそうですが、すでに研究の場でAIシステムが活躍し出しており、発見のスピードも速くなっていくだろうといわれています。
科学的発見はどうやって可能になるのか
碁の世界チャンピオンを打ち破った「AlphaGo」のことは、みなさんも聞いたことがあると思います。AlphaGoは、人間の探索レベル(棋譜)をもとにさらに可能な限りの探索をした結果、新しい打ち方ができるようになったことで知られています。
「しかし、その後、AlphaGoを2週間程度で超えた『AlphaGo Zero』は、実は人間が考えることの周辺しか探索していない可能性がありながらも、人間が考えつかなかった領域の打ち方を行いました。つまりAlphaGo Zeroはデータの量ではなく、探索方法の違いで、AlphaGoよりも強くなっていたのです」
北野さんは、AIが行う科学研究でも、同じようなことが起こるだろうと考えます。図を見るとAlphaGoと同じように、一方でAIが、人間が見つけられる分野の探索を加速しつつ、他方では全開探索のようにサイエンスの情報全体をくまなく探索して何かを見つけていると考えられます。
これまで、科学の世界では「Asking Right Question(正しい問いを立てる)」ということが大切とされてきました。それは、人間の研究人生は40〜60年程度と有限だからです。膨大な情報の全てを検討していたら、とても時間が足りません。
しかし今後はAIの力で、「Asking Every Question(あらゆる問いを立てる)」ということが可能になるかもしれません。さらには、AlphaGoのように、人間とはまったく別のパターンからの発見も可能になるかもしれないと北野さんは考えています。
AIによる発見と人間による発見は、同じ形ではないかもしれません。しかし、それによって科学的発見の本質が分かってくるはずです。さらにはAIによる研究により、これまでには考えられなかったほどのスピードで、人類の科学が進化する可能性もあるといえます。
(まとめ)
今、科学の分野では、ディープラーニングで正確な実験を昼夜関係なく行い続けたり、シミュレーションを実行したりする、「かしこい道具としてのAI」はすでに実用化しています。北野先生のお話では、そこからさらに進んで、AIが実験の計画立てや、仮説立てから行うような、自律的な研究を実行できる段階に入っているということです。今後「何を研究するかを検討するAI」が誕生する可能性があるように、さらに自律的な研究を行うAIが進化していった結果、「ノーベル・チューリング・チャレンジ」が現実となる日は、着々と近づいています。
北野宏明
特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構 会長。
沖縄科学技術大学院大学 教授。
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長、工学博士。
ソニーグループ株式会社 常務。
株式会社ソニーAI 代表取締役 CEO。
ロボカップ国際委員会ファウンディング・プレジデント。
Computers and Thought Award (1993)、 Prix Ars Electronica (2000)、日本文化デザイン賞(日本文化デザインフォーラム)(2001)、ネイチャーメンター賞中堅キャリア賞(2009)受賞。ベネツィア・建築ビエンナーレ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)等で招待展示を行う。
米国人工知能学会(AAAI)「AAAIフェロー」に選出(2021)。
シンギュラリティナイト公式サイト https://www.dhw.ac.jp/p/singularity-n/
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