イベント概要
イベント名 | デジタルハリウッド大学公開講座「シンギュラリティナイト」第10回 |
日程 | 2021/2/2 |
日本におけるPR会社の草分け的存在である株式会社井之上パブリックリレーションズに所属する尾上玲円奈さんは、執行役員として、国内外の企業のPRコンサルティングやカウンセリング、リレーションシップ・マネジメントをベースとした社会変革、社会提言の取り組みなどを行っています。
今回は、ビジネスを中心に政治や社会においても国際化が進むなか、まだまだ正しく理解されていない日本におけるPRの役割と重要性、PRの視点から社会を改善する方法を、ご自身の学生時代の経験を交えながら、語っていただきました。
PRについて知らなかった学生時代
尾上さんが現在の井之上パブリックリレーションズでPRに関わることになるきっかけは、早稲田大学時代に「パブリックリレーションズ概論」を教えていた井之上喬さん(株式会社井之上パブリックリレーションズ代表取締役会長兼CEO)との出会いにありました。
中学生ごろから社会や医療などを変革したいと考えていた尾上さんは、どんな仕事に就けば社会を変えられるだろうかとずっと考えていました。そんな大学4年の頃、「パブリックリレーションズ概論」の授業を取ってPRがパブリックリレーションズの略だと初めて知ったそうです。
尾上さんは「PRとは『パブリックリレーションズ』の略称です。ですが、私がそれを大学生のときまで知らなかったように、日本では、多くの方がPRのことを誤解しています。パブリックリレーションズとは何か、についてはこのあとお話しますが、いくつかよくある間違いを挙げておきましょう」と言い、よく誤解されているパターンを挙げられました。
PR≠宣伝
「PRは宣伝ではありません。またよく『自己PRをしてください」と就職面接などで言われますが、これも間違った使い方。『自己アピール』くらいであれば理解できますが、このような言い方をする会社はPRについて理解していないと思っていいでしょう」
PR≠広告
「PRと広告は同じではありません。企業の広告を作るのとPRは異なり、むしろ、パブリックリレーションズの一部に広告という戦略もあると考えています」
PR≠メディアリレーションズ
「PRをパブリシティ(報道・記事化促進などを含む周知活動)と同義と考えるケース。メディアと関係を保ち沢山の記事を作ってもらうということはPR活動の一貫でもありますが、PRはそれだけではありません」
NHKからPRへ
すでに内定が複数あった尾上さんは、自分が社会を変えるにはどの会社に進むのがいいのか、井之上先生にアドバイスを求めました。すると「大手メディアはいま入らなかったら二度と入れないよ」と教えられ、一度限りのチャンスを活かそうと、尾上さんはNHKに入局することを選びます。
NHKの記者になると島根県に赴任し、松江放送局でさまざまな報道に携わります。医療問題や国会を巻き込む問題提起となるスペシャル番組やリポートを制作し、局長賞や報道統括賞を受賞していきます。このような社会へのインパクトのある仕事ぶりを見ていた井之上さんから、
「報道の仕事でも世の中が変えられると実感できたでしょう。相対するPRの世界は人材が足りない。そろそろどうですか?」と、会社に誘われ、NHKから井之上パブリックリレーションズへと転職を決めます。
パブリックリレーションズという言葉を深掘り
記者としての企業との関わり方と、PRの仕事での企業との関わり方はまったく違うものだと、尾上さんは言います。前者は取材対象として時にスクープを狙う関係であるのに対し、後者では、通常聞くことのできない企業内部の話もNDAを結ぶことで詳しく開示してもらい、どのタイミングで世の中に情報を出すか、クライアント企業と課題を共有し、一緒に解決していきます。
ここで尾上さんは、あらためてパブリックリレーションズとは一体なんなのだろうか、と問いかけます。その問いに対して、尾上さんは井之上さんの言葉を借りて、パブリックリレーションズとは「倫理観に支えられた双方向性コミュニケーションと、自己修正をベースとしたリレーションズ活動である」と答えます。
「倫理観というのは英語では 『Ethics』と言い、PRの世界においては非常に大切なものとされます。倫理観がないPRはプロパガンダです。というのも、『パブリックリレーションズ』と『プロパガンダ』は、その手法がまったく同じだからです。情報を『正しいこと』のために、事実を曲げずに伝えるのでなければ、PRは成り立ちません。ですから、倫理観に合わないことはやってはいけないのです』と強調する尾上さん。
倫理観をもって双方向で社会とやりとりをしていくなかで、間違いがあれば自己を正し、やりとりと修正を続けていくことで、社会からのフィードバックを受け、より良い自分(組織体)になっていくことができる。それが可能なのは倫理観があってこそだと尾上さんは言います。
次に「PR」で大事なのが「ステークホルダー」です。PRというと、外向けの関係性が強調されがちですが、ひとつの組織(図の場合はとある企業)を中心に据えて考えると、組織内外、国内、国外とさまざまなステークホルダー(利害関係者)存在します。それぞれのステークホルダーとの関係性がしっかりしていないと、外向けの発信を用意しただけではうまくいかなくなる、ということです。
また尾上さんは、PRにおける「パブリック」の意味についても考察します。日本語に直訳すると「公共」という意味で紹介されがちですが、元々の英語の意味に立ち返ると、「社会全体」、「社会そのもの」となる。そこでPRのことも、もっと平たく「社会全体とどう関わっていくか」、「社会そのものとどのように関係を紡いでいくか」と捉えるべきだと、尾上さんは考えます。
PRでは、社会全体により広く情報を伝えたいときに、新聞やテレビ、雑誌、ラジオなどとのメディアとの関係性を築く「メディアリレーションズ」の手法を取ります。たしかにPRの仕事のうちメディアリレーションズが占める割合は大きいです。
むしろ、メディアとの交渉ごとだけをPRの仕事だと捉えられることもありますが、尾上さんによれば、これはパブリックリレーションズの一部です。株主向けに情報を発信するインベスターリレーションズ(IR)、ロビーイングに代表されるような政府や政治との関係で活用するガバメントリレーションズ、顧客との関係を築くカスタマーリレーションズなど、さまざまなものがあります。そのすべてを包括するのがパブリックリレーションズということになります。
改めて、パブリックリレーションズとは?
あらためて、パブリックリレーションを定義すると、「社会全体との戦略的かつ持続的な関係構築活動である」ことだと尾上さんは言います。組織がターゲットとの関係を構築、維持するための活動の総体が、パブリックリレーションズなのです。
上に紹介した組織とパブリックリレーションズの活動の一般におけるターゲット(ステークホルダー)を、大学という組織の場合に置き換えて例を見てみましょう。下図のようなターゲットが見えてきます。関係先や世界、学生などに対し、さまざまなステークホルダーがいると考えられます。これらの関係を築いていくのがパブリックリレーションズの役割です。
パブリックリレーションズは、日本でなぜ遅れた?
ここで世の中のニュースに目を向けて、実際のパブリックリレーションズの現場についてみると、PRの重要性と日本の課題が見えてくる、と尾上さんは言います。
たとえば「領土・領有権問題」。尾上さんは竹島問題をNHKの記者時代に自身であつかった経験からも、関係国がどのように扱い、PR活動を行うかによって、各国の受け止めや報道など情勢が左右されると指摘します。
「領土としては日本と韓国の間の問題だとしても、韓国はアメリカ国内でどう見られるか、世界でどう見られるかを視野に入れてPR活動を行っている。そんな世界からの見方によって、領土問題の情勢は変わってきます。尖閣諸島の問題に関しても中国に同じことが言えますが、相手国が何度も記者会見を開き、自国の主張を世界に大きく情報発信するのに対し、日本が相手側の主張に1度しか反論せずにそのままにしていたら、世界からの眼差しは段々と変わってしまうでしょう」
PRの専門家から見ると、企業や政府によるPRの悪手の事例は、あげれば枚挙に暇がないそうです。2011年の福島原発事故の問題では、政府が危機管理の要諦を守らず、後から避難区域を拡大していったことで問題の深刻度を過小評価していると世界中から非難を受けました。また、マクドナルドで異物混入があったときには記者会見で責任者が「混入はよくあるもの」と説明してしまい、世間の認識とのギャップが際立って問題視されました。
一方で尾上さんは、PRの先進国であるアメリカでの好事例も合わせて紹介します。2016年のアメリカ合州国大統領選で惜しくも敗退したヒラリー・クリントン氏ですが、テレビ討論会では、肺炎になった直後ということで健康問題が懸念された病み上がりの悪印象を払拭しエネルギッシュな印象を与えるため、真っ赤なスーツを着て登場したそうです。また、演台は身長に合わせて低くすることで、対立するトランプ氏と比べてみても「背が小さい」「弱そう」と思われないようにPRチームが配慮していたのも有名な話です。
このような政治の舞台におけるPR専門チームの活躍は、日本ではまだほとんど見られません。日本政府のコロナ対策が説明不足に見えてしまっているのも、政策そのものより、PRの仕方が「もったいない」結果になっていないかと尾上さんは分析しています。例えば、過去の新型インフルエンザ対策ですでに「広報・リスクコミュニケーションを専門に取り扱う組織を設け、人員体制を充実させるべき」との提言が2010年新型インフルエンザ対策総括会議からあったのにもかかわらず、それを今回のコロナ対策で活かすことができていませんでした。PRの視点が政府の政策そのものや意思決定、施策の運用などに組み込まれていないことは、日本政府の大きな課題であると、尾上さんは言います。
「政府がPR活動を行う際に専門家を起用することは、すでに世界では当たり前になっています」という尾上さん。イギリスやドイツ、フランスなど、コロナ対策のキャンペーンにもPR会社がパートナーとなって働いているそうです。
日本のPR活動が遅れていることは、企業や国の消費者や国民との信頼関係づくりを難しくしています。では、なぜ日本では遅れてしまったのか。そのひとつの理由は、日本が島国であること、日本に住む人の大多数が日本語という一つの言語の話者であることなど、複数の特徴に起因する日本社会の「ハイコンテクスト文化」(=あうんの呼吸で多くを言わなくてもわかるでしょ、とある意味快適に過ごせる社会)に由来する部分があると言います。
しかし、今後グローバル化がより進むなかで、日本でも欧米のローコンテキスト型社会に合わせたコミュニケーションを行っていくことが急務となり、パブリックリレーションズの重要性はますます高まっていきます。プロのPRパーソンがPR戦略を作れば、同じ情報を伝えるのでも、メディアを味方につけ、どんな情報の出し方をするかで、伝わり方やステークホルダーの反応も変わってきます。そのために必要なのが、常日頃からの関係構築活動とリレーションシップ・マネジメントです。
PRの活用で社会は変革できる
尾上さんは今日の講義のまとめとして伝えたいこととして、今日からはPRのことを単純な広告やパブリシティとは違う。もっと包括的でダイナミックな概念なんだということを認識し、多くの人にそれを伝えていってほしい、とあらためておっしゃいました。
「天下一人を以て興る」という中野正剛さんの言葉を取りあげ、その理由を語ります。
「誰かが真剣になって立ち上がると、他のみんなも率いられるんだ、ということです。デジタルハリウッド大学の在学生の方も、これからアートやデザインなどご自身の専門分野を究めていこう、起業したり社会に入って活躍していこうという方一人ひとりが真剣に立ち上がると、社会はもっと良くしていけると思います。そしてその際には是非PRの力を存分に使っていただきたい。今後皆さんがPRの重要性を認識して必要性を周囲に説き、ご自身の活動に活かしてもらえれば、物凄いスピードで社会を変革していけると信じています。活躍していくべき人が、PRパーソンと協働してPRの力を活用していくことで、日本から「もったいない」ことを絶減できる時代がやってくると思います」
相手にうまく伝わらない、社会がいい方向に変わらないという問題のまわりには、コミュニケーション上で起きている課題が沢山あり、PRを使って、そこから変えていくことができるのだ、という尾上さんのお話。情報を扱い、伝えていく仕事にかかわるすべての人が知っておくべき内容が多く含まれた講義でした。
尾上 玲円奈
株式会社井之上パブリックリレーションズ 執行役員。
1980年大阪府池田市生まれ。大阪府立北野高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学大学院学際情報学府社会情報学コース修了。大学卒業後NHKに記者として入局し、事件や事故、政治や行政から地域課題などについて、ニュース原稿の出稿や特集の制作、記者解説を担当。井之上パブリックリレーションズ移籍後はPRコンサルタントとして 国内外の農業から運輸業、製造業、小売業、アパレルメーカー、観光業、学校法人、ITや宇宙産業、観光庁や政治家、政党に至るまで幅広いクライアントに、PRコンサルティングやカウンセリング、戦略立案やメディアトレーニング、ロビイングなどのサービスを提供している。2014年より早稲田大学の非常勤講師、2020年より京都大学経営管理大学院の特命准教授として、パブリックリレーションズの講義を担当。国際PR協会ゴールデンワールドアワーズ部門最優秀賞、日本PR協会PRアワードグランプリなど受賞多数。文化庁有識者検討委員、カンヌライオンズのヤングライオンズコンペティション日本代表選出審査委員やPR部門日本代表審査委員、国連WFP Japan Impact Council委員などを歴任。
シンギュラリティナイト公式サイト https://www.dhw.ac.jp/p/singularity-n/
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