PostScriptイベント後記

シンギュラリティナイト

公開日:2020/12/14

消費者がフードシステムに参加する、「Food 5.0」の時代へ (シンギュラリティナイト 第6回レポート)

New Normal創造のために、各分野で先行する専門家を講師として招き、どのように世界をアップデートしていくのかを共に考えていく講座です

開催エリア:オンライン

イベント概要

イベント名 デジタルハリウッド大学公開講座「シンギュラリティナイト」第6回
日程 2020/10/27

デジタルハリウッド大学が主宰する公開講座『シンギュラリティナイト』。第6回は、菊池 紳さんによる私たちの食料・食事を支えるフードシステムについての考察と未来への提案です。“フードテック”が話題になるなか、その根本を支えるのがフードシステム。次世代フードシステム「Food 5.0」とはどんなものなのでしょうか。

なぜ私たちは安心して食べられるのか

スタートアップ業界で、インキュベーター(創業家、支援家)や、ビジネス・デザイナー(仕組みを作る人)として活躍する菊池 紳さん。とりわけ、生産者を支援する事業開発に数多く取り組んできました。その1つが、2014年に自ら立ち上げ、2017年グッドデザイン金賞を受賞した「SEND」です。7500軒超のレストランと全国5000超の生産者を直接繋ぎ、データ分析やコミュニケーションを取り入れながら、流通にかかるコストを減らし、生産物を、つくる人から食べる人に直接届けることを可能にしたサービスです。

SEND代表を2019年に退任してから、菊池さんは新たなサービス開発に取り組んでいます。しかし今回の講演では個別の話より、私たちは将来も食べ続けることが可能なのだろうか? という大きな問いのもと、人々の食を支えるシステム=「フードシステム」に焦点を当てたい、という菊池さん。

菊池さんは、私たちが普段口にしている食べ物に関して、食材がどこから来て、誰が作っているのかはわからない、または知らないケースが多いことを指摘します。それでも私たちが、食物を無意識に口に入れられるのには、2つの理由があるといえます。

1つは全面的に流通を信頼しているから。優れたシステムと信じているから食べられる。
もう1つは、考える・知ることを放棄して無思考に食べているからです。

この現在のフードシステム(Food 4.0)を、食の「アウトソーシング(外部依存)」と菊池さんは表現します。現在のフードシステムが強固なうちは、その上にさまざまなサービスや新しい試みが乗りますが、基盤となるフードシステムが揺らげば、外任せにしていた食べ物が届かなくなり破綻する。だからこそ、いま一度「このフードシステムが健全か」考えてみるべき、と問うのです。

私たちのフードシステムにまつわる危機

では、実際に現在のフードシステムは本当に信頼に足るものでしょうか。菊池さんは手製の「フードシステム概観」図をもとに、現状をひもといていきます。

まず、食べ物はいま、どのように運ばれてくるでしょうか。図の上半分に食べ物が消費者に届くまでがまとまっています。左から右へと食物は流通しますが、どんな問題が顕在化しているでしょうか。以前から叫ばれている生産者の高齢化やつくり手不足といった問題だけではありません。

まず、産地の前にある資源の問題。農産物をつくるには、資材(肥料や種など)が必要ですが、日本はここを資源国の輸入にほぼ100%に頼っています。資源は世界的にひっぱくしつつあり、今後も材料費が上がると生産が難しくなっていきます。

生産の現場では生産者の都合では選べない問題が多くあります。資源を考えれば畜産堆肥や森林資源と農業とをセットにしたほうがいいのですが、手間がかかるという問題で両立が難しくなっています。

いまの日本は、農作物が供給過多です。食物自給率が38%で残りは輸入なので「食べ物がなくなるかもしれない」という危機感がありません。しかし、一次生産は、人口減や高齢化よりもずっとはやいスピードで萎んでいます。危機感がないのは現実の風景を目にしたことがないからだろう、と菊池さんは警告します。

循環流通と言われる部分では、フードロスが常態化しています。流通過程、小売り店や飲食店、家庭合わせてフードロスは全体の30パーセント、さらに生産者側でも規格外の未出荷・廃棄などがあり25パーセントくらいロスしており、じつは、作った食べ物のざっくり半分は捨てているのが現実だそうです。

「これをもったいないから使おうという取り組みも多数出ていますが、供給過多な状態のままでは、次に食べるはずのものがまた余り、捨てられるだけで根本が変わりません。最初から捨てないですむ仕組みが本来は必要なのです」

フードシステムには、輸送の問題もあります。宅配便の利用者が増えると「ラスト・ワンマイル」という、家の前まで届ける物流の最後の部分にかける人材不足や資金不足が問題になっています。

また、指摘する人は少ないですが、農家でつくった作物を出荷のためにかける梱包や物流の手間も大きな負担だと菊池さんは指摘します。

「つくって、収穫した後も、軽トラにつんで作業場にもどり選定や箱詰めといった手間を重ねて、また軽トラに積んでさらに出荷場まで持っていくということをしないとなりません。これを私は“ファースト・ワンマイル”と言っていますが、大きな負荷になっています。作っても大変だから出荷を減らそう、生産もやめよう、となっていってしまうのです」

社会的なコストがかかりすぎている

そして菊池さんは、次のように続けます。

「いまのフードシステムは、いともたやすく壊れる、ゆらいでいる状態ではないでしょうか。」

トータルで私たちのフードシステムは毎年400兆円ずつ赤字になっています。未来から前借りして資源やエネルギーを切り崩しているような状態です。

コロナ禍では、外出自粛を前に、都心の多くのスーパーで買い占めが起こりました。食料が地域生活者や社会の共有・シェアすべき資産(コモンズ)だとしたら、自分のためだけに食べ物を買い占めるという行為は、望ましくありません。ところが、実際には起きました。そこで菊池さんが気づいたのは、

「そもそも流通事業者と消費者はコモンズを形成してない。消費者は無思考に一方的にお金を払って買い占めようとし、流通事業者はお金を払ってくれる人から順に売るだけ。これは関係性としても脆弱ですし、破綻リスクも大きいということを実感しました」

このような課題を踏まえて、菊池さんはコロナ禍以降に次のようなサービスやプロジェクトを立ち上げました。

●NEWCOOPプロジェクト(拡張家族内の食材シェア)

生産者と生活者を「拡張家族®︎」としてグループ化し、「仕送り」と「里帰り」の関係性を構築。

●FAMプロジェクト(ホームメイド&シェアで街を再設計)

料理が好き・得意な方が、地域の人のために食事を作り、お裾分けをするシステム。

●ハレルヤ・プロジェクト(産地で暮らす、食べ物を作る、運ぶ、を生活に組み込む)

働き手を求めている地域や複数の仕事と、地方で働いて手に職をつけたい若い人とをマッチング。働き手は仕事を通じてフードシステムを理解し、担い手として参加し、地域の人手不足解消にも貢献。

フードシステムの転換点が見えてきた、かも知れない

これまでのさまざまな取り組みを通して、菊池さんは、フードシステムの転換点が見えてきた、と言います。いままでは、消費者の都合に合わせるために、フードシステム全体の収益が低下する構造になっていた。しかし、じつは逆ではないかと、考えるようになったそうです。

「消費者の都合ではなく地域資源/エネルギーの循環・効率を起点として考える。すると、自然とつくられる食材・商品も分散・多様化が起こります。一方、“ウド”とか“ウルイ”といった食材をどう食べるかわからないという消費者側のストレスがあります。今の一般的な消費者はスーパーに並んでいる数種類の食材くらいしか、使い方を知りません。

しかし、それをうまく使えるクリエイティビティの支援サービスがあったら、面白いでしょう。料理や食事の時間の質や技術が向上し、料理や食べることがもっと楽しみになったり、収入など付加価値に繋がる仕組みをデザインすることで、人々は消費者都合ではないフードシステムの担い手として参加できるようになるのではないでしょうか」

■Food 4.0からFood 5.0へ

菊池さんは、大量生産で、食べ物の調達をアウトソーシングした消費者のために、大量生産で安心な食べ物を安く手に入れようと効率化したFood 4.0の時代から、自分たちがフードシステムに参加するインソーシングを高める時代、Food 5.0への転換を提唱します。

「Foodのシンギュラリティ(特異点)に求められるのは、生活者の“思考停止の促進”から“参加の促進”へ転換することと、資源利用を“足し算”から“引き算”へ転換することです。多様性を促し、そこに若い人をはじめ私たちが関われる、すなわちフードシステムへの参加を促すテクノロジー&サービスが、シンギュラリティになりえるのです」

今回紹介いただいた菊池さんの考えるフードシステムの転換点の考え方は、視点を真逆にひっくり返すことが重要です。しかしこれは、農業の世界の考え方に基づいたのではなく、マス対象からパーソナライズに向かったデザイン業界の発想の転換に通じるもの、とのことです。

Food 5.0においても、全体をデザイン的に発想できる力が非常に重要だということ、そしてじつは、そのデザイン力やクリエイティビティの多くが、「生態系サービス」という、自然や多様な生態系から与えられる恩恵にあずかって得られているのだということだそうです。美しい日本の田畑の風景は、繊細な日本人のクリエイティビティにも、深く関係しているはず、これからの若者のクリエイティビティにとっても、多様性のある生態系や農業を持続させることが非常に重要だという菊池さんの指摘も、しっかりと私たちの心に刻んでおきたいと思います。

菊池 紳

Business Designer / Incubator / Researcher。
インパクト・インキュベーター『チキュウ(chiQ)』や
農畜水産流通プラットフォーム『SEND(センド)』創業者。
農林漁業、食料、資源、生物、生態系と共にある社会づくりを手掛ける。
いきものCo.代表取締役 / 慶應SFC 研究所 上席所員ほか。
農林水産省 生物多様性戦略 検討委員 / 東京都第4 次産業革命プロジェクト 検討委員ほか。
グッドデザイン金賞、Forbes Rising Star Award、EY Innovative Startups など。

シンギュラリティナイト公式サイト                    https://www.dhw.ac.jp/p/singularity-n/

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