No.71
写真家/アートディレクター
篠田 理恵さん
デジタルハリウッド東京校総合ProコースMacマルチメディア専攻(当時) 1999年修了
このコーナーでも撮影を担当している篠田理恵さんは、2022年に国際的な賞を受賞するなど、今注目を集めている写真家の一人です。しかし、本格的にカメラを始めたのが5、6年前と比較的最近。それまではカメラとは直接関係のない、様々な職業を経験してきました。数十年前、デジタルハリウッド専門スクールに入学したのも、デザイナーになるためですが、その時学んだことが写真を撮る上でとても役に立っていると言います。そんな篠田さんにデジタルハリウッド専門スクールに入って得たものや、現在取り組んでいる活動、今後の夢などをうかがいました。
(※このインタビューは2023年9月当時の内容です)
写真家としては異色の経歴
──長らくカメラとは関係のない仕事をしていたそうですが、これまでの経歴を教えてください。
短大を卒業後、インテリア関係の事務所に入社し、インテリアコーディネーターとして、オフィスや商業施設の家具を選んだり、CADで図面を引いたりと空間をデザインする仕事に3年ほど従事しました。その後、グラフィックデザインに興味をもったのですが、いきなりデザイナーは無理だと思ったので、デザインコンサルティング会社に転職。ブランディングコンサルタントとして、CIの企画やアートディレクションなど企業の顔作りのお手伝いをする仕事を経験しました。プロデューサーとしての力がある程度身についた頃、さらに自分自身でデザインしたいと思ったので、1999年にデジタルハリウッド東京校総合ProコースMacマルチメディア専攻(当時)に入学。仕事をしながら通っていました。
──デジタルハリウッド専門スクールではどんなことを学んだのですか?
Macを使ってデザインするスキルを教えるコースで、IllustratorやPhotoshopの使い方から始まって、グラフィックデザインやWebのコーディング、動画編集、CG作成まで学びました。
──実際に学んでみて、どう感じましたか?
仕事をしつつ、半年間で多くのことを学んだり課題もあったりでかなり大変でしたが、すごく楽しかったですよ。デザインや写真のレタッチをデジタルでできるのって面白いなと。同級生も先生も面白い人が多かったし、第二の青春って感じでした。でも、この時はまさか自分が将来フォトグラファーになるとは夢にも思っていませんでしたけどね(笑)。
──その後はどうしたのですか?
デジタルハリウッドで基本的なデザインスキルを身に着けたので、卒業後はいよいよデザインをやりたいと思い、デザイン事務所に入りました。そこではグラフィックデザイナーとして某テレビ局の番組ポスターやロゴのデザインをはじめ、様々な企業の広告媒体のデザインやWebページのデザインを手掛けました。
仕事は面白く、やりがいもあったのですが、結婚妊娠を機に退職。出産後はフリーで育児の合間にデザインの仕事をしていました。
でも、子どもが幼稚園に入る頃には、専業主婦や家の中で一人で黙々と仕事をするという働き方には向いていない、外に出て、人とコミュニケーションを取りながら仕事をしたいという思いが強くなりました。ちょうどそんな時、たまたま自宅の近所にあったハウス型写真スタジオ、いわゆる街の写真館がデザイナーを募集しているのを知って、応募。パートタイマーとして、写真の加工や商品開発デザイン、衣装スタイリング、インテリア製作などのアートディレクションを担当しました。その後、社員として他2社で同じような仕事を経験しました。
ウエディング写真がきっかけでカメラの道へ
──そこから写真の世界へはどのようにして入ったのですか?
自分一人で衣装、ヘアメイク、空間のすべてをプロデュースできるようになった時に、その集大成として上がってくる写真に満足できないことが増えたんです。現場でもカメラマンが撮影している様子を見て、この空間でこの被写体を撮るならこのライティング、アングルじゃないよねといった疑問がいっぱい湧いてきちゃって。私に撮らせろって思うことが増えたんです。カメラや写真のことなんて全然わかりもしないのに。
ちょうどそんな時、2013年頃、すごく仲のいい友達から結婚式の写真を撮ってほしいと頼まれたので、当時勤めていたスタジオの一眼レフカメラを借りて撮りました。一眼レフで撮るのはこの時が初めてだったのですが、とても面白いと感じ、しかも撮影した写真が友達にすごく喜ばれたんです。これまでも何となく写真が好きで、小さいカメラでちょこちょこ撮影していたのですが、この一件で本気でカメラを勉強してみたいと思いました。
それから5年くらい経った頃、勤めていた写真スタジオにモデル経験のある子や私好みのヘアメイクをしてくれる子も入社したので、作品を撮ってみようと思い、初めてCanonのEOS 6D MarkⅡという本格的な一眼レフカメラを買いました。それまでは何かを買っても取扱説明書なんて読まず、いきなり使い始めるタイプだったのですが、カメラだけは違って、買った時に取説を隅から隅まで全部熟読しました。カメラに備わっている機能を十分に知らないせいで、撮れるはずのいい写真が撮れないのは悔しいと思ったからです。こんなことを思ったのは初めてでした。ということはやっぱり私はカメラがすごく好きで、突き詰めていきたい世界なんだと確信したんです。
それ以降、休みの日に、そのモデルとヘアメイクの子に協力してもらって、作品を撮り始めたんです。これが私のフォトグラファーとしての原点ですね。
──撮影の知識やテクニックはどのようにして身につけたのですか?
完全に独学です。現在に至るまで、写真の学校に入ったこともないし、プロカメラマンの弟子になったこともありません。一眼レフを買った時、すでに私の頭の中に写真で表現したい世界がたくさんあったんですよ。それをイメージ通りに表現する力をつけるために、作品を撮っては改善点を見つけ、改善方法を考え、また撮影する。こうした実験、トライ・アンド・エラーの繰り返しでこれまで来ました。その過程で作品が増えていったので2022年に初単独の写真展を開催させてもらいました。
写真家に最も必要なもの
──撮影した作品がTIFA2022 professional Advertising fashion部門で金賞を受賞したり、IPA2022 Advertising fashion部門で佳作入賞したりしています。本格的に写真を始めて、しかも独学で、わずか5、6年で国際的な賞を受賞するというのは驚異的ですね。現在の活動について教えてください。
メインはフリーランスのフォトグラファーとして活動です。活動の柱としては2つ。1つはファッションブランドをはじめ、様々な企業や雑誌から依頼を受けて撮影する仕事。もう1つは一般の方を対象として作品を撮るアート系の撮影です。具体的にはヘアメイクとスタイリストと私の3人でクリエイティブチーム【 bitte 】を結成して、一般の方をアート作品として撮影するという活動です。一人ひとり、そのお客様のためだけにテーマを決めて、衣装やアメイク、空間も用意して撮影しています。この2年間で、のべ数百人以上は撮影しています。
その他に、制作会社でのアートディレクション業務やファッション系のブランディングプロデュースも手掛けています。
──作品はいつもどういうふうにして撮影しているのですか?
モデルさんのヘアメイクや衣装、スタジオに飾るお花などは信頼しているクリエイターたちが全部やってくれるので、私はライティングや空間づくりをそこそこに済ませて、すぐにメイクルームに行って、ずっとモデルさんと喋ってます。
いいポートレートを撮るためには、その人の本質を見抜いて、その人らしい最高の表情や雰囲気を引き出すことが何より重要。そのためにモデルさんと信頼関係を作ることが大切で、そのために高いコミュニケーション能力が必要不可欠なんです。だから常にコミュニケーション能力を磨かなければならないと思っています。
また、ヘアメイクや衣装、空間作りは基本的には各担当のクリエイターに任せているんですが、細かいところは修正の指示を出して総合監督のような役割を担っています。
みんなちゃんと理解してやってくれるので助かっています。その代わり、私が指示して変えてもらった結果が、その前よりよくなってなければ信頼を失って次から言うことを聞いてくれなくなるので、そのプレッシャーは常に感じています。でもそのプレッシャーも含めて楽しんでいます。それもいい仲間がいるからこそなんですけど。
──これまでのインテリアコーディネートや空間づくり、デザイン、アートディレクションなどの経験が今の撮影に役立っていますね。
はい。だからこれまで長年やってきたことは直接フォトグラファーという職業に関係ないように見えますが、実はその全部が繋がっていて、役に立っている、無駄じゃなかったなと思ってます。
デジタルハリウッドで学んだことが活きている
──デジタルハリウッド専門スクール時代に学んだことも今の写真家としての活動に役立っていますか?
もちろんです。主に学んだことはデザインスキルなのですが、それがあったからこそ今の写真が撮れていると思ってます。私の写真、いろんな人から「ずっと写真だけやってきた人とは違う」ってよく褒められるんですよ。過去にデザイナーの経験があると言うと「やっぱりね」って。その意味がよくわからないんですが(笑)。だから、やっぱりデジタルハリウッドで学んだことは役に立っていると思います。
何よりもよかったのが、作品づくりに対して貪欲になれたこと。卒業制作がすごく大変で、デジタルハリウッドでひたすら作って、力尽きたら床に寝袋を敷いて寝て、起きてそのまま会社に出勤していました。すごくキツかったのですが、チームメイトと一緒に作品を作り上げるのがすごく楽しかったですね。
──撮影に懸ける思いは?
まず、写真家としては、誰かに求められているわけではないけれど、常にアートとしての写真を模索していくこと。自分にしか撮れない写真を撮ったり、表現できない作品を作ることを突き詰めたいという思い、そしてクリエイターとして、常に過去の作品より少しでも高いレベルの写真を撮りたいという思いが根本にあります。
それと、特に震災の時に、写真スタジオでの仕事を通じて、カメラマンが撮影した、一般の人たちの七五三や成人式などの人生の節目の写真は、その人たちの宝物になるということをすごく痛感しました。これによって人を撮るというのは、すごく素敵な仕事だなと今でも思っているし、私が写真家になった原点の1つでもあるので、一般の人の宝物を作るお手伝いをしたいという思いをこの仕事に込めているんです。
肉眼で見るより美しい世界を
──写真家として大切にしていることを教えてください。
「肉眼で見るより美しい世界を」を写真家としてのキャッチフレーズにして、被写体を撮影現場で見ている時より美しく写し撮るということを目指しています。より具体的に言うと、目の前にある被写体や空間をそのまま撮るだけではなく、私の頭に描いているものを写真に残すという感じです。正直、見たままのものなら誰でも写せるじゃないですか。アーティストとしてはそれ以上のものを写し撮れないとだめだと思うんですよ。実際、私の撮影を見学した人には、「今目の前で肉眼で見ているこの景色と全く違う。本当に素敵な世界が切り取られているね」ってよく言ってもらいます。
──写真家としての仕事のやりがいや魅力は?
私は物づくりをする上で、人が一番大事だと思っているんですね。もちろん写真は最後はフォトグラファー一人がシャッターボタンを押せば撮れてしまうものなのですが、私の撮影って自分一人ではできません。まず、必ず人物・モデルがいなきゃ成り立たないし、いい写真を撮るためには仲間である同じセンスを共有したヘアメイクさんや衣装さん、フラワーアーティストが欠かせません。自分の頭の中にあるものを形にする時、自分だけではない、いろんな人が入ってその才能をぶつけ合う。そのすべてのバトンを受け取って、私が最後にアンカーとしてシャッターを切る。その結果、撮れた作品はみんなの才能と努力の結晶で、自分の想像を超えた作品となります。これをみんなが同じ時間に同じ場所、タイミングで分かち合える。これが人物撮影の最大の魅力であり、クリエイターとしての一番の喜びですね。だからやめられないわけです。
私は最初からフォトグラファーになりたいと思ったわけではないし、そもそも写真を仕事にできるとも思っていませんでした。師匠もいないし、独学で何が正解かもわからないような状態でただひたすら、自分の頭の中に思い描いているイメージを形にしたいという欲を満たすためだけに仲間たちと写真を撮ってきました。突き詰めれば自己満足のためです。でもそうやって自分の好きなものをいろんな仲間と作るのが楽しいと思いながら続けていたら、いつの間にか仕事になったというだけなので、幸運で幸せなことだなと感じています。
──写真家として今までで一番印象的な仕事は?
仕事ではないんですが、西野亮廣さん作の『えんとつ町のプペル』の撮影ですね。私が『えんとつ町のプペル』の世界観が大好きで、クリエイターの仲間たちにお願いして、自分たちなりにあの世界観を表現しようとなりました。それで知り合いのスペインと日本人のハーフの男の子をモデルにしてメンバーそれぞれの持ち味を生かして写真を撮ったんです。
そしたらたまたまそのモデルのお母さんが直接話ができるくらい西野さんとすごく近い人で、西野さんと繋いでくれて。作品を見せたらタイミングが合っていたらプペルのミュージカルのポスターにしたいくらい素晴らしいと言ってくださったんです。
しかも、写真があまりにも素晴らしいので、ただSNSに上げて終わりじゃもったいないから売って、そのお金でまた次の作品を作りなさいって言ってくださったので、すぐに販売するためのオンラインショップを立ち上げたんです。その写真は西野さんもご自身のSNSやオンラインサロンでも紹介してくださったのでかなり売れたし、私のフォロワーも1日で一気に1000人増えました。これが今までで一番衝撃的かつ忘れられない案件ですね。
カメラマンとしてのステージを上げたい
──今後の目標を教えてください。
先ほどいろいろな仕事を手掛けているとお話しましたが、全体で写真関係のウエイトは7割くらいなので、もっとステージを上げて、将来的には写真1本で生きていくことが最終的な目標です。
──「ステージを上げたい」とはどういうことですか?
写真家としてはもちろん、カメラマンとしての商業写真のクオリティをもっと上げて、よりメジャーな仕事ができるようになりたいんです。そのために、広告写真の仕事を増やそうと営業活動に力を入れています。その甲斐あって普通では会えないような人に会えるようになってきたので、実際に撮影のお仕事をいただいて実績を作っていくのが次のステップですね。
その一環でデジタルハリウッド校友会主催の「ホームカミングデー2023」に参加したのをきっかけに、エイベックスさんを紹介していただいてご縁が繋がったのですごく感謝しています。
──なぜそれを目標にしているのですか?
今までアートの方の作品づくりに協力してくれた仲間たちは全員無償かつ持ち出しなんですよ。例えば、フラワーアーティストはお花、スタイリストは衣装など、全員が自分の担当分はもってくれるんです。なおかつ、スタジオ代も全員で折半しています。
そうやって撮った写真はみんなの営業ツールとして使ってもらっているんですが、みんなが先行投資している分を早く返したいんですよ。そのために私がもっと上のステージにステップアップして、大きな仕事を受けて、これまで無償、持ち出しでやってくれたみんなに仕事を頼みたいんです。
また、そのことを通して、カメラを始めたのが遅すぎではなかったとか成功するのに年齢は関係ないということを証明したいという気持ちもあります。
生き方そのものがエンタテインメント
──現在のデジタルハリウッドの「すべてをエンタテインメントにせよ!」という校是をどう捉えていますか?
私はカメラを始めたのもかなり遅いのですが、毎日撮影を一生懸命楽しんでいると、経験年数や性別、年齢など一切関係なく、楽しいことが向こうからやってくるんですよね。もちろん私なんて写真家としてまだまだなんですが、心から楽んで撮影していると、それを見て一緒に楽しもうとしてくれる人が来てくれる。それってまさにエンターテインメントだと思うんですよね。
特にクリエイティブな仕事って、エンターテイメント性をもって、どれだけ楽しめるかで決まる。楽しむ力が8割で、残りの2割は楽しむためにどのような努力するか。どんな状況でもどうせなら楽しもうと思えるかどうかで、結果が全然違うと思うんです。だからまさにこの校是は私にドンピシャ、刺さります。
“ワクワク”を大事に
──デジタルハリウッド大学の在校生へのメッセージをお願いします。
在校生はやりたいことがあってデジタルハリウッドに入学して学んでいると思うんですが、卒業後、やりたいことを仕事にできなくて不本意ながら違う道に進む人もいるでしょう。やりたいことを仕事にできた人だって、想像と違ったり、いろんな苦労をするかもしれません。
でも、どちらの人も、デジタルハリウッドに入る時、ワクワクしていたと思うんですよ。表現者やクリエイターは誰よりもそのワクワクする力が必要なんです。だから卒業後、どんな道に進んだとしても、その人にとってはそれが正解で、その道でワクワクすることを意識してほしいと思います。私自身も経験したことですが、自分がワクワクすると、周りのワクワクが全て集まってきてくれるので。
そして、やりたいことは始めたいと思った時に始めればいいと思います。私もカメラを始めたのは、一般的なプロカメラマンの中ではかなり遅い方ですが、今すごくワクワクする毎日を送れています。それはワクワクする力を持っていたから。
だから年齢や環境、他人などを理由にやりたいことをあきらめずに、今の自分のこれがやりたい、楽しみたいという真っ直ぐな気持ちを大事にしてほしいと思います。
篠田 理恵さんが学んだ校舎はこちら↓↓
デジタルハリウッド(専門スクール)東京本校
写真家/アートディレクター
篠田 理恵さん
都内の短大卒業後、インテリアコーディネーター、ブランディングコンサルタント、グラフィックデザイナー、ハウス型写真スタジオで商品開発デザイン、衣装スタイリング、インテリア製作のアートディレクションなどを経験。2018年、友人のウエディング写真の撮影をきっかけに写真の世界へ。現在は制作会社でディレクション業務に携わりながら、フリーでフォトグラファーとして活動。ファッションブランドをはじめ、様々な企業広告や雑誌の撮影に携わる。また、「肉眼で見るより美しい世界を」をテーマに、クリエイティブチーム【 bitte 】で一般人を対象としたアート撮影サービスを展開中
2022年5月、初の単独個展を開催。2022年10月、IPA(International Photography Awards)2022 ファッション広告部門で佳作入賞。TIFA2022 professional Advertising fashion 部門 金賞受賞。IPA(International Photography Awards)2023 Fine Art-Portrait部門で佳作入賞
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