Interviewインタビュー

No.89

公開日:2025/01/27 

まさか金融機関でゆるキャラデザイナーに!?一度はあきらめた夢を叶えた卒業生の成功物語

デザイナー デジタルハリウッド大学

No.89

城北信用金庫コミュニケーション開発事業部 兼 東京北区観光協会
デザイナー
西田 優衣(にしだ ゆい)さん
デジタルハリウッド大学 デジタルコミュニケーション学部 2017年卒業

人気キャラクターを生みだす

──現在はどのような仕事をしているのですか?
2017年3月にデジタルハリウッド大学を卒業後、4月に新卒で城北信用金庫にデザイナーとして入社し、同時期に創設された東京北区観光協会のオフィスに常駐して、城北信用金庫と東京北区観光協会の両方の仕事をしています。城北信用金庫の方は主に投資信託や積立NISAなどの金融商品のポスターのデザインを手掛けています。北区観光協会の方は、観光協会が主催するイベントの広告チラシやポスター、観光パンフレットの制作などです。

最近は両者の案件として「しぶさわくん」というキャラクターを使ったさまざまな媒体のデザインを担当しています。

──「しぶさわくん」とはどのようなキャラクターなのですか?
北区ゆかりの偉人である渋沢栄一の熱意を受け継ぐ存在として、私がデザインしたキャラクターです。北区観光協会の観光パンフレットや北区役所からの依頼で、マンホールやラッピングバス、各種オリジナルグッズなどに使用しています。また、「北区『新一万円札発行カウントダウンプロジェクト』PR大使」など、さまざまなイベントにも登場しています。


本来は北区観光協会で扱っているキャラクターなのですが、城北信用金庫の方でも店舗、ポスター、キャッシュカード、封筒などいろいろな媒体、グッズで採用しています。例えば、2024年5月15日から12月13日まで、城北信用金庫王子銀座出張所が「しぶさわくん支店」として営業しました。内装や外装はもとより、内部にも約80cmの巨大しぶさわくんぬいぐるみを配置したり、しぶさわくんが登場するATM画面、しぶさわくんグッズの販売コーナーなど、しぶさわくん一色になりました。閉店日は閉店イベントを開催し、多くの人々で賑わいました。


このしぶさわくん関連のデザイン制作が現在の仕事のメインとなっています。

──しぶさわくんはどのように生み出したのですか?
ことの発端は、2020年に北区観光協会の事務局長から「北区を盛り上げるために渋沢栄一のキャラクターを作りたいからデザインを考えてみて」と指示されたことです。

キャラクターデザインはデジタルハリウッド大学時代に経験したことがないわけではなかったのですが、いわゆる「ゆるキャラ」のようなものは初めてでした。なので、とりあえず魅力的なキャラクター像を探るため、ネットなどでリサーチし、いくつか参考にしたいと思うキャラクターをピックアップ。その特徴を取り入れつつ、「北区を盛り上げることに情熱をもって一生懸命取り組んでいる」というキャラクター設定に沿う形で、ラフイラストを大量に描きました。

その中からいくつかデザインに起こして事務局長に提案し、フィードバックを受けて、作り直す、というのを繰り返して、3回目に現在のしぶさわくんの形になったのです。完成までにかかった期間は1ヶ月ほどでした。ですので、いわゆる産みの苦しみというのはなく、割と安産でした(笑)。

──キャラクターデザインをしている時はどんな気持ちでしたか?
もともと絵を描くのが好きで得意だったので、とても楽しかったですね。いろいろな仕事の中で一番自分のもっている力を生かせたと思います。

──しぶさわくんのキャラクターデザインをする時に、心がけていたことは?
北区に住んでいる老若男女に愛されてほしかったので、親しみやすさを第一に考えました。また、いろいろな人気キャラクターを調べていく上で、共通する特徴を見つけ、確実にデザインの中に取り入れようと心がけていました。そして、作る過程でいろいろ新しい絵柄を増やす中でも、設定されたキャラクター性がブレないことを最も大事にしていました。それは今でも変わりません。

子どもの頃の夢はイラストレーター

──現在の西田さんに至るまでの経緯について教えてください。子どもの頃からクリエイターになりたいと思っていたのですか?
はい。小学生の頃から絵を描くのが大好きで、将来はイラスト関係の仕事をしたいと思っていました。高校生の時はアニメや映像関係などクリエイティブ系の仕事をしたいと思い、先生に相談したところ、デジタルハリウッド大学を紹介されました。説明会に通ってこの大学なら絵だけではなく、映像やCGなどいろいろなことが学べて可能性が広がると思ったので、デジタルハリウッド大学に入学したんです。

──入学してどんなことを学んだのですか?
主にイラストやグラフィックデザイン関連ですね。まずはIllustratorとPhotoshopの使い方から始まり、デザインの基礎を学びました。中でも深く勉強したのは色彩関係です。映像にも興味があり、映像制作のサークルに入っていたので、After Effectsもよく使っていました。そのサークルではプロジェクションマッピングも制作して学園祭で発表もしました。

デジタルハリウッド大学の授業はただ講義を聞くだけではなく、実際に制作することが多いのが特徴で、授業で毎回制作課題が出るんですよ。これが大変でよく大学に泊まり込んで夜通し制作していたのですが、友人と一緒に作るのはとても楽しかったです。今となってはいい思い出ですね。

総じて大学生活はとても楽しかったです。自分のやりたいことしかやらなかったので、自分の人生の中でもすごく楽しく充実していた4年間だったと今振り返っても思います。

卒業制作でオリジナルキャラクターを作る

──デジタルハリウッド大学時代の一番印象深い思い出は?
卒業制作ですね。快眠グッズのブランドを作ったんですよ。オリジナルのバクのキャラクターを作って、そのキャラクターグッズとして、クッションやアロマのパッケージなどを作りました。それだけではなく、展示する部屋の飾り付けも全部オリジナルグッズで行うなどして、空間そのものを作ったんです。これらを全部1人で手掛けたのですが、自分の好きなデザインの空間を作ることができて、とても楽しかったです。


──デジタルハリウッド大学に入学してよかったと思うことは?
一つの分野だけではなく、デザイン、イラスト、映像、撮影、Webなど幅広く勉強できたことですね。また、尊敬できる友人や先生に出会えたことも大きいです。今でも付き合いが続いている人も多いです。

──ではデジタルハリウッド大学時代に身に着けたことは今の仕事にも直接役立っているのですね。
そうですね。先生からいただいた課題をこなすことでデザインスキルが身につき、それが今の仕事に活きていると思います。

大学時代に経験した大きな挫折

──就活をする時もイラストを仕事にしたいと思っていたのですか?
いえ、確かに入学して最初のうちはイラストレーターになりたいと思っていたのですが、在学中に現実を知って挫折しました。

──詳しく教えてください。
1年生の時、キャリアセンター主催の企業ゼミ(実際に企業で働いている社員が講師を務め、学生に課題を出して指導する実戦的な講座)の、学生同士でチームを作ってゲームのアプリを作る企画に参加した際、ゲームのキャラクターデザインを担当しました。でも自分がいいと思ったキャラクターを描いても、講師役の、実際にゲーム会社で働いているディレクターさんから何度もダメ出しを食らい、修正指示に合わせて描き直すのにも時間がかかってしまって。最終的にはディレクターさんから「今のあなたのイラストでは、私の求めるレベルには達していないから無理」という意味のことを、すごく丁寧に言葉を選んで伝えられました。この時、私にはイラストレーターとして生きていけるだけの才能はないから、この道は難しいと思ってあきらめたんです。

先が見えず、不安でいっぱいだった就活

──では就活はどのような方向性で進めたのですか?
3年生の冬、就活シーズンに入った時は正直、頭を抱えていました(笑)。ぼんやりとデザイン系には進みたいとは思っていたのですが、具体的にどんな仕事がしたいとか、どんな会社に就職したいといった就活のビジョンが全然固まっていなかったんです。なので、何かきっかけがつかめればいいなと藁にもすがる気持ちでデジタルハリウッド大学のキャリアセンターに毎日のように通っていました。しかもやっていたのは、就活についてスタッフさんに相談するとかエントリーシートを書くとかではなく、色彩検定やPCスキル検定の勉強しつつ、ほかの学生とスタッフさんの会話に聞き耳を立てていました。キャリアセンターに来る学生の中でもかなり異色の存在だったと思います。


そんなある日、いつものようにキャリアセンターで勉強していると、すっかり顔見知りになったスタッフさんから「城北信用金庫から正社員のデザイナーの求人が来ているんだけど、応募してみる?」って言われたんです。先行きが見えない不安でいっぱいな中、この一言はまさに天から降りてきた蜘蛛の糸でした。

当時、デザイナーの道に踏み切れなかった大きな悩みのひとつに、デザイナーの職場は仕事量が多く、長時間労働の割には薄給というブラックな環境が多いということがありました。でも有名な大手信用金庫なんて超ホワイトで安心そのものじゃないですか。そんな企業で正社員として好きなデザインの事ができるなんて、こんなに最高の条件はないと思い、「ぜひ応募したいです!」と即答しました。

奇跡のような縁で理想的な会社に就職

──しかしデジタルハリウッド大学によくそんな求人が来ましたね。
そうですよね。私も後から知ったのですが、ことの真相はこうです。元デジタルハリウッド大学院教員で、デジタルメディア関連のビジネスを展開しているYさんが、城北信用金庫のPR関係の仕事を手掛けていました。その繋がりで、城北信用金庫の理事長から「東京北区観光協会を立ち上げることになったので、デザインができる新卒を採用したい。誰かいい学生がいたら紹介してほしい」と相談されました。それを受けてYさんがデジタルハリウッド大学のキャリアセンターに相談したところ、私を推薦してくれたという経緯だったんです。でも当時、私にはその真相を話すことができないので、キャリアセンターの職員さんは「こんな求人が来てるけど応募してみる?」とだけ言ったのです。

その後、4年生の春頃に応募書類を提出、3度の面接を経て、夏には内定をいただきました。

──面接ではどのようなことを話したのですか?
デジタルハリウッド大学在学中に制作した作品や身につけたスキル、できることなどをアピールしました。1次面接はグループ面接だったのですが、私以外の学生は通常の銀行員として応募しているので、私の自己PRを聞いてびっくりしていました(笑)。
2次面接では面接官から入社後に担当してほしい仕事を告げられたのですが、主にデザイン系の仕事だったので、それならできますと即答しました。

──内定が出た時の気持ちは?
とにかく安心しました。就活で応募したのは城北信用金庫だけで、安定した会社で正社員として好きなデザインの仕事ができることになったのですから。デジタルハリウッド大学の学長も、これまで大学から信用金庫に入った学生はいなかったので、内定が決まった時は大変驚かれました。私以降もいないみたいです。声をかけてくれたキャリアセンターのスタッフの方には今でもすごく感謝しています。

──それも西田さんがキャリアセンターに通い詰めていたからこそですよね。
もともとキャリアセンターには、キャリアセンター主催の企業ゼミに参加するために、1年生の頃から通っていたんですよ。それもあって早い段階から覚えてもらっていたのがよかったと思います。

実戦を通して独学でスキルアップ

──実際に城北信用金庫に入社して仕事をしてみていかがでしたか?
実は入社する前に数ヶ月間、コミュニケーション開発事業部でインターンをしたのですが、そこで最初に命じられたのが北区観光協会のロゴ制作でした。いきなり難しい案件でしたが学生時代に身に着けたスキルと、わからないところは独学で勉強して何とか完成させました。このロゴは今でも使われています。


東京北区観光協会のロゴマーク

入社後も最初は大変でしたね。職場は最初から城北信用金庫のオフィスではなく、北区観光協会だったのですが、体制が観光協会事務局長、ディレクターの先輩、北区役所からの出向職員、そして社会人1年目のデザイナーの私というたった4人で始まりました。つまり、デザイナーは先輩がおらず、新卒の私しかいない状態だったんです。

最初に制作を指示されたのが観光協会を紹介する8ページのパンフレットだったのですが、冊子のデザインは学生時代に手掛けたことがなかったので、インターンの時と同じく、デジタルハリウッド大学時代に身に着けたスキルで進めつつ、わからないところはデザインの本などで独学で勉強して一人でなんとか完成させました。最初の数ヶ月はこんな感じでかなり手探り状態でした。その後も数十ページの冊子など、手掛けたことのない案件ばかりだったのですが、こなすうちにいろいろできるようになりました。

──実戦を通してデザインスキルを上げていったと。ではかなり忙しかったですか?
そうですね。ただ、先輩のディレクターが仕事量やスケジュールをうまく管理・調整してくださったので、深夜まで残業というのは現在に至るまで全くなかったです。実際にとてもホワイトな仕事環境で、デザイナーとしては理想的だと思います。入社して3年間は完全に内製だったのですが、4年目からは外部のデザイナーさんにも頼めるようになりました。

──日々のデザインの仕事全般において大切にしていることは?
最初に仕事の最終目標をきちんと確立しておくことですね。デザインを何のために、誰に対して、どう届けたいのか、それによってどのような結果を得たいのか、最終的な効果のビジョンを決めておく。このあたりがブレてしまうと、制作過程でチーム内で意見が割れて迷走してしまい、得たい結果が得られなくなる可能性が高いので。あとは周りの人たちとのコミュニケーションを密に取ることを大切にしています。

街中に自分の作品があふれているという幸せ

──今の仕事のやりがいや魅力はどういうところにありますか?
駅や街中など、日常生活の中で、しぶさわくんをよく見かけます。今まで当たり前に見ていた風景の中に、自分が作ったものを見た時、立派な仕事をやっているという実感を得られます。また、城北信用金庫の支店の人から、しぶさわくんのファンがいるという話を聞くことがあるんです。例えば「しぶさわくんが好きなので、キャッシュカードをしぶさわくんのデザインに変えたくて来ました」とか、しぶさわくんのコラボ店舗にわざわざ「しぶさわくんのファンなんです」と挨拶に来てくれる熱心なファンがいると教えてもらう時、自分が作ったキャラクターが愛されていることを実感できてすごくうれしいです。


ですので、城北信用金庫に入社できて本当によかったです。北区観光協会でも入社1年目からかなり大きな仕事を任せてもらったのでありがたいと思います。そうせざるをえなかったという事情もあるのですが、私を信頼していただいているということでもあるのでうれしいです。今は会社から必要としていただいて、やりたい仕事を無理なくやらせていただいているという、これ以上ない最高の環境で働けているので幸せです。

──学生時代にイラストレーターの道をあきらめたけれど、就職してから多くの人があこがれるキャラクターデザインの仕事ができたわけですから最高ですね。
そうですね。いろいろな段階を踏んで結果的に夢がかなったので幸運だったと思います。

即反省して対策をしっかり考える

──これまでの人生の中で大きな困難や失敗などがあったとき、どう乗り越えてきましたか?
実はこれまで大きな困難や失敗があったとは自覚していないんですよね。デジタルハリウッド大学でイラストレーターの道を断念した時は、確かに挫折感はありましたが、そこまで落ち込まず、じゃあイラストは趣味にしようと気持ちを切り替えました。城北信用金庫に就職してからも仕事がかなり順調だったので、クリエイターとして悩むようなことは本当になくて。

──では今、悩みも特にはないですか?
ただ、今はクリエイターとして今後どうしようかなと考えているところです。例えば、もっとイラストの能力を上げて、しぶさわくんの発展に貢献したいとか、もっと広告面のデザイン力を上げたいとは常に思っています。入社以来7年間、来た案件をこなすためにがむしゃらに頑張ってきただけなので、もっとスキルアップするために勉強、修行したいと思っています。

──では失敗した時の対処の仕方は?
失敗したら即反省して、今後、同じ失敗を繰り返さないためにその場で対策をしっかり考えるということをずっとしてきました。実際それでミスは減ってきたので効果はあると思います。

夢はアートディレクター

──今後の展望や目標を教えてください。
目先の目標としては、しぶさわくんをもっと世の中に広めるために仕事を頑張りたいということがまずあります。将来的には全体のデザインを管理するアートディレクターになりたいと思っています。

──デジタルハリウッドの現在のスローガン「すべてをエンタテインメントにせよ!」をどう捉えていますか?
私が務めている城北信用金庫という、一見クリエイティブとは無縁の会社でもクリエイティブな仕事ができるということは、多くの人にはあまり想像できないと思うんですね。意外なところにもクリエイティブな仕事ができる場所がある。それってしようと思えばすべてをエンターテイメントにできるということじゃないですか。なので、固定観念に縛られないことが大事だということを城北信用金庫に入ってから気づきました。今後もどこにだってクリエイティブな能力を活かせるところがあるという発想を忘れないようにしたいと思っています。


──在校生へのメッセージをお願いします。
先ほどの話とかぶりますが、クリエイターが活躍できる場所はあらゆるところにあると思います。学生時代は視野が狭くなりがちなのですが、より視野を広げて、興味のあることにどんどん挑戦してほしいですね。

あとは、キャリアセンターは絶対に利用してほしいですね(笑)。利用しないのは本当にもったいない。特に企業ゼミの参加をおすすめします。学生時代には会社で働くということがリアルに想像できないので、世の中にはこんな会社があるということを知るだけでも有意義です。また、講師役の、企業で働いている社員さんから課題が出たり、実際の仕事ももらえるなど、実戦的で貴重な経験ができます。

就活の相談にも乗ってもらえるし、表に出ない求人をもっているので、特に将来のことで悩んでいる人は、通っていれば思わぬ道が開けるかもしれませんよ。

西田 優衣さんが学んだ校舎はこちら
デジタルハリウッド大学

城北信用金庫コミュニケーション開発事業部 兼 東京北区観光協会
西田 優衣(にしだ ゆい)さん

1994年、千葉県出身。
2013年、デジタルハリウッド大学入学。卒業後、2017年4月、城北信用金庫にデザイナーとして入社。同年創設された東京北区観光協会に配属。城北信用金庫と東京北区観光協会で受注した案件のデザイン業務に従事。2022年、北区観光協会のイメージキャラクター「しぶさわくん」のキャラクターデザインを手掛ける。現在の主な仕事はしぶさわくん関連のデザイン業務。

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