Interviewインタビュー

No.46

公開日:2021/10/27 

医療にエンタメとクリエイティビティを! 「うんこ」に込められたコミュニケーションデザイン発想とは

代表取締役医師 デジタルハリウッド大学大学院

No.46

株式会社omniheal代表取締役/おうちの診療所 目黒 医師/日本うんこ学会会長
石井洋介さん(デジタルハリウッド大学大学院修了)

「うんコレ」というスマホアプリをご存知でしょうか。腸内細菌を擬人化したキャラクターを操り、「クリーブス」と呼ばれる敵を撃破していくゲームです。それだけでも十分ユニークなのですが、「観便(うんこの報告)」をすることで課金ができるシステムはリリース当時に大きな話題となりました。ゲームを通じて大腸癌などの知識に触れてもらいつつ、医療機関への早期受診を促したいという制作者の想いが込められたこのアプリ。開発を手掛けた外科医の石井洋介さんも、高校一年生で潰瘍性大腸炎を発症し生死の境をさまよったという経験をお持ちです。デジタルハリウッド大学大学院修了生でもある石井さんに、医療とエンターテインメント、そしてクリエイティブのお話を伺いました。
(※このインタビューは、2021年7月当時の内容です。)

クリエイティブの世界に体系的な知識はない

Q
石井さんがデジタルハリウッド大学大学院に入学されたのは2016年と伺いました。医療の世界にいながら、デジタルを学ぼうと思われたきっかけはなんだったのでしょうか。
A
デジタルハリウッド大学大学院に入る前は、横浜市立市民病院で外科医として活動するかたわら、「うんコレ」の開発を行なっていました。転機となったのは2015年。以前、高知で研修医時代に若手医師集めの活動で成功をしていた経験を買われて、地域医療に詳しい人材を探していた厚生労働省からお誘いを受けたんです。それから2年間、病院を離れて厚労省の「地域医療計画課」と「介護保険課」という部署にいました。AIやビッグデータなど、テクノロジーを医療や介護に持ち込む活動をする、結構テック寄りの部署なんですけど、補助金を使ってこういうことをできませんかという相談に対して、良し悪しを判断するというお仕事もありました。当然ですがテクノロジーのことが分かっていないと良し悪しの判断なんてできませんし、これまでデジタルやクリエイティブに関しては独学の知識で取り組んできたので、あらためて体系立てて勉強してみたいなという気持ちはありました。

そんな最中、2016年にデジタルハリウッドが「デジタルヘルスラボ」という実践研究科目を立ち上げるということで、プロジェクトに参加していた医師の五十嵐健祐先生から、教員として参加してくれないかとお声がけいただいたんです。僕は独学でやってきた野生のクリエイターなので、教えるよりも院生として学んでみたいという思いがありました。その意向を伝えたところ了承いただき、一人の学生として受験をして、デジタルハリウッド大学大学院への入学が決まりました。

Q
最初は教員としてのお誘いだったんですね。デジタルハリウッド大学大学院に魅力を感じたのはどういったところでしょうか。
A
当時、デジタルハリウッド大学大学院には「BCI」という、ビジネス(B)、クリエイティブ(C)、ICT(I)をバランスよく身につけようというコンセプトがあって、その3つを同時に学べることが魅力的でしたね。ビジネスだけ、クリエイティブだけ、ICTだけを学べる学校や教材はあると思うんですけど、デジタルハリウッドに身を置くと、半ば強制的にBCIの最新情報が頭に入ってきます。知らず知らずのうちに学んできたことが、今になって役立っているみたいなことが結構あるんです。
一方で想定外だったのは、体系立てて知識を学びたいという当初の目論見が外れたことです。もちろん、体系立てては教えていただけるのですが、クリエイティブやテクノロジーの世界って移り変わりが早くて、3年前の知識がもう古くなってしまうということも普通なんですよ。最新の情報をリアルタイムでキャッチアップしていかなければいけない。幸いにしてデジタルハリウッド大学大学院では、講師も同級生も各分野の第一線で活躍しているトッププレイヤーが多いので、そういう人たちに直接相談できたり、同じ目線で悩みを共有できたりするのがよかったですね。
Q
在学中に、特に大きかった学びはなんでしょうか。
A
本多忠房先生の「コミュニケーションデザインラボ」で学んだことが大きかったですね。僕は「うんコレ」を通して、「どうしたら健康に関心の薄い層の方が、医療機関へ早期受診をしてもらえるようになるか」という課題に取り組んできました。医療の世界にもコミュニケーションを通じていかに行動変容を起こすかという「ヘルスコミュニケーション」という学問はあるのですが、広告の世界における「コミュニケーションデザイン」と使っている技術は基本的に同じなんですよね。デジタルハリウッド大学大学院に来たことで、コミュニケーションってちゃんと設計できるんだということがあらためて分かったし、ラボを通じて自分がやりたいテーマが「医療とコミュニケーションデザイン」なんだなと気づけたのは得難い経験でした。

意識ではなく、まず「行動」から変えていく

Q
石井さんのお仕事でも象徴的な「うんコレ」についてお聞かせいただきたいのですが、ゲームで遊んでいるうちに自然と「観便」が習慣づくという仕組みが秀逸です。この発想はどのようにして生まれたのでしょうか。
A
そもそも世の中に健康なうちから、「絶対に大腸癌を発見したい」と積極的に思っている人っていないですよね。「健康」って、「防災」なんかもおそらく同じだと思いますが、何かが起こるまで関心が向きにくいジャンルなんですよ。「大腸癌を発見するためには便を見ることが大事」というメッセージを伝えるためにはどうすればいいかと考えた時に、「うんこ」ってネット上でめちゃくちゃ拡散される言葉だということを知って(笑)、直球で「うんこ」を使ったコンテンツを作れば拡散されるのではと思ったのが着想のきっかけですね。

Q
マンガや動画などさまざまなコンテンツが想定できたと思うのですが、「ゲーム」という形を選ばれたのには理由がありますか?
A
「うんこ」をきっかけにして、大腸癌に関心を持ってもらうまでって、結構遠い道のりですよね。知識を身につけてもらうことも大事ですが、あくまで「大腸癌の発見」が一番の目的なので、無関心のままでもいいから、ゲームを通じて毎日便を見る習慣をつけてもらって、変化が起きたらちゃんと病院に来るという仕組みさえできていればいいのではないかと思ったんです。「ポケモンGO」も運動の習慣化に寄与しているということで評価されていますが、おそらく遊んでいる人たちは糖尿病を治したいと思っているわけではなく、純粋にポケモンが欲しいから歩いているだけですよね。

Q
楽しくてつい遊んでしまう、それが結果として健康習慣に結びついているということですね。「うんコレ」の取り組みは「デジタル×医療」の好例かと思いますが、今後「デジタル×医療」という領域で石井さんは、どのようなことに取り組んでいきたいですか。
A
やりたいことはめちゃくちゃ沢山あるのですが、特にデジタルが有効そうだなと思うところは3つあります。1つ目は患者さんにワントゥーワンでプッシュしていくということです。例えば検診の案内を送る時も、ざっくりとある年齢層の人を対象に「40歳になったら検診にいきましょう」と提案するのではなく、健康リスクの高い人にはたくさん案内が届く、リスクの低い人には案内が少ない、といったように濃淡をつけてプッシュをすることが、デジタルによって可能になるんだろうなと思っています。

2つ目は、デジタルで「治療空白期間」を埋めるということですね。例えば糖尿病の患者さんに「運動した方がいいですよ」と言うと、その日は納得して帰ってくれるんですけど、3日くらいしたら運動をやめてしまうんですよね。で、1ヶ月後ぐらいにまた病院に来て、採血をした時に運動してなかったことがバレるという。この医師が診ていない「治療空白期間」を、「うんコレ」みたいなゲームや、botのようなデジタルツールを活用すれば埋めることができるのではないかと考えています。

3つ目は、アクセスの改善です。アクセスには2つの意味があって、1つは距離的なアクセス。地方など医療施設が少なく、交通手段の不便な地域では、病院に行くまで車で何十分もかかることも珍しくなく、患者さん、特に高齢者の方には大きな負担がかかっています。もう1つは、時間的なアクセス。働き盛りの、特に若い人って、わざわざ会社を休んでまで病院に行きません。ちょっと血便が出たくらいだと「痔かな?」と思って我慢してしまう。すごくお腹が痛くなってようやく行くから、大腸癌の発見が遅れてしまうんですね。ビデオ通話などによるオンライン診療が可能になれば、病院まで離れて住んでいる人も、時間がなくて病院に行けない人も、もっと簡単に診療を受けられるようになると思うんです。

エンターテインメントは人生を豊かにしてくれる

Q
デジタルハリウッドには“Entertainment.It’s Everything”という理念があります。石井さんの活動も「うんコレ」をはじめ、「人を楽しませたい」という想いが一貫しているように感じられるのですが、いかがでしょうか。
A
良いエンターテインメントって、それを体験した後に人生をより良い方向にしてくれるパワーがあるものだと思うんですよね。例えばいい映画を観た後に、気持ちが豊かになる感覚ってありませんか? エンターテインメントは、人を救うし、人生を豊かにする。僕自身も、10代の頃に潰瘍性大腸炎という病気になって学校に行けない時期があったんですけど、ゲームやマンガといったエンターテインメントが逃避先となってくれました。医療も本来はそうあるべきだと僕は思っていて、関わった人を楽しい気持ちにさせる、人生を豊かにするというのが、医療の本質ではないかとすら思っています。そう定義すると、医療もまたエンターテインメントなんですよね。例えば病院が、もっと医療従事者や患者さんにとってワクワクする場所になってもいいじゃないですか。僕はビールが大好きなんですけど、いつか患者さんと一緒にビールを作ったりする活動をしたいなと思っています。一緒にビールを作りながら、医療者と患者さんが楽しく交流できて、健康に関しても知ってもらえる場になったらいいですよね。

日本の医療にはまだクリエイティビティやエンタメが足りません。僕自身としては、そこを補っていくようなワクワクするチャレンジを続けていきたいですね。

Q
最後にデジタルハリウッド校友会に期待したいことを教えいいただけますか。
A
イノベーションって、異なるジャンルを掛け合わせるだけで生まれるんですよね。僕もデジタルハリウッドで、非医療の方々とディスカッションをする中で、自分自身の取り組みに広がりが生まれました。それがデジタルハリウッドの楽しさだと思うし、永遠に学び合えたり、掛け算がし合えたりできるようなコミュニティになってくれるといいなと思います。

石井洋介さんが学んだコースはこちら↓↓
デジタルハリウッド大学大学院

株式会社omniheal代表取締役/おうちの診療所 目黒 医師/日本うんこ学会会長
石井洋介さん(デジタルハリウッド大学大学院修了)

消化器外科医として手術をこなす中で大腸癌早期発見に課題を感じ、もっと楽しく触れられる医療情報を目指しスマホゲーム「うんコレ」の開発・監修、「日本うんこ学会」の設立を行う。その後、デジタルハリウッド大学大学院へ入学。デジタルコンテンツマネジメント修士を取得。現在は在宅医療を行うおうちの診療所 目黒で医師として活動する傍ら、医療・介護・ヘルスケアに特化したクリエイティブ・エージェンシー株式会社omnihealの代表取締役を務める。近著に「19歳で人工肛門、偏差値30の僕が医師になって考えたこと」がある。

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